連載『食養生の物語』83 食術継承のチャンス
2020.04.24
新型コロナウイルスの感染拡大からの外出自粛要請、そして緊急事態宣言。不安で何もできなくなってしまう人と、できることを探してやろうとする人との差が出てきています。
当院の患者さんには、どうせ家に居てもすることがないならと、断食(ファスティング)を実践してみている方が複数名いらっしゃいます。断食の効果には、胃腸の負担をなくすことで自然治癒力を向上させる効果があるといわれるほか、心も体も澄んできて落ち着きを得られます。何より、数日間食べずにいても平気でいられるという実体験は大きいでしょう。
何をしたらいいか分からないという患者さんには、親子で料理をする時間を持つように伝えました。普段であれば学校に行き、部活動や塾、習い事などで忙しい子どもたちにとって、なかなか時間を割けないことです。とはいえ、地震や台風などの災害時とは違ってガス・水道・電気といったライフラインは保たれていて普段と変わらず、普段と違うのは家族が家にいることだけです。だからこそ、家事手伝いに参加させ、「おふくろの味」を伝えていく絶好の機会ではないでしょうか。20年前に著された『伝統食の復権』(島田彰夫著・東洋経済新報社)という書籍では、「葉の付いたダイコンが一本あったとします。そこから何種類の料理がつくれるでしょうか」と、生きていく知恵を『食術』として親から子に継承していく必要性が説かれていました。大根があれば、煮物はもちろん生で食べることもでき、漬けて漬物に、干して切干大根にすれば保存食にもなる。葉っぱも炒めたりして利用できますよね。バリエーション豊かに、飽きずに美味しく食べ続けることは生きる術なのです。食養生では「一物全体」といって、自然にあるがままの状態、丸ごと全体でバランスが取れていて、そのままいただくことが体内のバランスを取るのにも望ましいという考えがあります。穀物は精白せず、野菜は皮ごと・葉ごと、できるだけ丸ごと食べるのが健康に良いとされています。現代栄養学の観点からも、植物の皮や葉には栄養が豊富であることが分かっています。普段なら半分・部分にカットされたものを買うようなものでも、今だからこそ丸ごと一つで買ってきて、様々な調理法で使い切ってみることをすすめます。買い物に外出する機会を減らし、ゴミを減らすこともできます。「食術」を見直し、継承できるチャンスとして前向きに取り組んでみてはいかがでしょうか。
外出自粛要請の頃から、スーパーマーケットではインスタント麺やレトルト食品、缶詰などが売り切れていったところが多かったようです。繰り返しになりますが、ライフラインが保たれていて外出自粛が長期化している現状、備蓄は必ずしもこうした非常食である必要はなかったはずです。メディアの情報に振り回されて過度に不安にならず、「情報断食」も心掛けたいところですね。
【連載執筆者】
西下圭一(にしした・けいいち)
圭鍼灸院(兵庫県明石市)院長
鍼灸師
半世紀以上マクロビオティックの普及を続ける正食協会で自然医術講座の講師を務める。