連載『食養生の物語』76 次世代のカレー
2019.09.25
「陰性な辛さの中に陽性な辛さも感じるね」。もう十数年も前のこと、ネパール料理店でカレーを食べながら、友人とそんな会話をした記憶があります。香辛料の辛みが強く発汗して体を冷やすインド料理のカレーに対して、標高が高く気温が低いネパールでは塩辛さを利かせているという印象だったのでしょう。
最近、市販のルウに頼らず自分でスパイスをブレンドして「スパイスカレー」を家庭で作るのがブームのようです。ベースの旨味を昆布出汁にしたり、サバの缶詰を具材にするなど、日本流にアレンジしたレシピも人気なのだとか。スパイスとは、植物の葉・種子・根茎・果実・つぼみ・樹皮などを乾燥させて、料理の香り・色・風味付けをするもので、特に辛味を付けたり、旨味を引き出すように幅広く用いられるようになったものです。薬効があり、インドやネパールなどの南アジアでは各家庭で調合されていて、中医学の薬膳と同様に医食同源に通ずる食養生でもあります。カレーのスパイスで有名な効能としては、黄色いカレーに欠かせないターメリックは、肝機能をはじめ内臓の調子を整え、血流を改善し、体のメンテナンスにも欠かせない存在。辛味の中心、レッドチリペッパーは食欲増進、消化促進、新陳代謝を良くすると言われています。刺激的な香りのコリアンダーは消化促進、消化不良の改善、頭痛の緩和などがあり、スパイス同士の調和を図るのにも欠かせない存在で、紀元前の医学書にも載っているほど。カレーらしい香ばしさのクミンは下痢、消化不良を改善するとされています。こうしたスパイス類はホールのもので開封後6カ月、パウダーでは3カ月が賞味期間の目安とされていますので、せっかくブレンドしたのに風味がなくなってしまうことのないよう、早めに使い切りたいところです。
日本では「手前味噌」といって、各家庭で仕込む味噌が実はそれぞれの家庭ごとの労働量に応じた塩分濃度であり、誰もが「自分の家のが一番うまい」と自慢し合うという話がありますが、カレーも同じなのでしょう。スパイスの配合や具材の工夫で、季節ごとやその日の体調に合わせて仕上げることもできます。そう考えると、スパイスカレーのブームも身体にとって必要なことなのかも知れません。
従来のカレーライスは、イギリスの植民地であったインドから、イギリス本国を経由して、日本には明治時代に伝わってきたと言われています。明治40年代に入ってから、イギリス海軍のカレーを参考に、日本海軍でカレーを採用し日本のお米に合うようにアレンジしていったものが、兵士たちを通じて各家庭へと拡がっていったようです。気候や風土に合わせ、好みに合わせ、時代の流れに合わせて変化していく料理の性質を考えれば、そこから100年以上が経ってのスパイスカレーのブームは、カレーの第二世代ともいえるかもしれませんね。
【連載執筆者】
西下圭一(にしした・けいいち)
圭鍼灸院(兵庫県明石市)院長
鍼灸師
半世紀以上マクロビオティックの普及を続ける正食協会で自然医術講座の講師を務める。