『医療は国民のために』215 保険適用枠は時代の変化に応じて変容するものだ
2017.01.10
1040号(2017年1月10日号)、医療は国民のために、紙面記事、
健康保険給付の原則は疾病・負傷の治療であり、本来、病気の予防は保険適用外であったことは言うまでもない。しかし近年、給付のテリトリーに予防的な側面が入り込んできており、禁煙や出産等も認められる傾向にある。
病状が悪化して重篤な状態になった場合の医療費の高騰を危惧し、軽度な状態で治療を開始したり、病気にならないため未然に疾病への罹患を避けたりすることで、医療費を抑制したいとの考えなのだろう。ただ、病気にならないようにあらかじめ方策を講じることは、東洋医学の「未病」の概念といえ、東洋医療の得意なところだ。にもかかわらず多くの国民は、未病といえば「養命酒を飲むこと」程度の情報しか持っていない。寂しい限りだ。
柔道整復師法第15条は、医師である場合を除き、柔道整復師でなければ業として柔道整復を行ってはならないと定めている。この「業としての柔道整復は何か」について、柔道整復師法で定義をしていないのは、「学問の進展や技術の発達、社会情勢の変化等に柔軟に対処しうるよう定義しなかった」と厚生省健康政策局監修の医療関係法質疑応答集に記載がある。
現在、「急性又は亜急性の外傷性の骨折、脱臼、打撲及び捻挫であり、内科的原因による疾患は含まれず、単なる肩こりや筋肉疲労に対する施術は、保険の対象外」と健康保険適用として柔整療養費が運用されているが、これは法令ではない。厚労省保険局医療課の通知で示されたに過ぎず、いわば、行政指針としての"お手紙"程度のものといえる。そんなものを後生大事にし、律儀に従う必要はないと私は考える。
国が、柔道整復の業が社会情勢の変化等に柔軟に対処しうるようにと望んでいるならば、柔整師は臨床の場での実態に即した「業務範囲の拡大」「保険取扱い拡大」を声高に要求すべきだ。一部の業界人や整形外科医らが「骨折・脱臼の整復ができない者は柔整業界から退場すべきだ」、「骨折の整復ができなければ国家資格を持っている意味がない」などと、公の席で発言しているが、現状が全く分かっていない者として苦笑されているのをご存知か。
今、骨折・脱臼の療養費申請は0・2%~0・4%程度に過ぎない。これについては、整形外科が医療として確立したという時代の流れが影響しているのは間違いない。新鮮外傷の骨折・脱臼は観血的療法や整形外科医による保存療法が相応しいのであれば、そうすればいいだろう。
では、柔整師はといえば、臨床現場に即した、そして患者の要求に対応した施術に専念するのが望ましい方向ではないか。患者の主訴に着目すると、「肩こり」「腰痛」「加齢に伴う関節痛」などの疼痛対応が挙げられ、患者自身もこれを希望している。なぜこれを柔整師が治療してはダメなのか。「業務範囲ではない」と非難されるのであれば、業界は認められるような闘いをすれば良いだけだし、「保険適用外」だといわれるのであれば、保険適用として認めてもらう取り組みを実施すれば良いだけだ。
とはいえ、柔整業界にはこのような考えを推し進めるリーダーが不在である。確たるリーダーが出現しない限り、柔整業界のジリ貧は止められないだろう。
【連載執筆者】
上田孝之(うえだ・たかゆき)
全国柔整鍼灸協同組合専務理事、日本保健鍼灸マッサージ柔整協同組合連合会理事長
柔整・あはき業界に転身する前は、厚生労働省で保険局医療課療養専門官や東海北陸厚生局上席社会保険監査指導官等を歴任。柔整師免許保有者であり、施術者団体幹部として行政や保険者と交渉に当たっている。