4しょく会、視覚障害者団体が「あん摩」テーマの講演会
2018.07.25
―台湾で盲人あん摩が発展―
視覚障害者文化を育てる会「4しょく会」(広瀬浩二郎会長)が6月9日、『今、あえて考える按摩の意義』と題した講演会を京都府長岡京市内で開いた。広瀬会長は、「当会発足18年目にして、初めてあん摩や医療を正面から取り上げた。最近、知人の盲学校の理療科教員から入学者が激減している現状を耳にし、改めて視覚障害者にとって伝統的な職業であるあん摩を考え直す機会にしてもらいたい」と開催主旨を述べた。
講演は、台湾の宗教・民族関連のマイノリティーの研究を行う木村自氏(立教大学社会学部現代文化学科准教授)が登壇。20年前より現地に赴いて研究する中で、台湾の盲人あん摩の店舗やブースが目につくようになったことから興味を持ったと説明。近年では、都市部の目抜き通りやショッピングモールなど至るところで見かけ、旅行ガイドブック『地球の歩き方』では台北駅構内の盲人あん摩の店舗が取り上げられ、台北市労働局等のホームページでは100を超える店舗が紹介されていると話した。収入面にも触れ、あるリハビリテーションセンターで聞き取りを行ったところ、月収が3万~8万元(日本円で11万~29万円)で、晴眼者大卒者の初任給28,000元と比較し「結構儲かっている」と印象を述べた。1年間のうちに1,600時間の訓練を受ければ国家試験を受験できるが、免許取得後、治療行為は行えず、あくまでリラクゼーションのあん摩を行う資格であると解説した。
「専業」外れ、積極的にアピール
また、台湾におけるあん摩業の歴史的経緯にも言及。本格的な導入は、19世紀末の日本の植民地化によって日本式の盲唖教育が実施されて以降。その後、植民地から解放され、1967年にあん摩業は視覚障害者のみが従事できる業種として法律上に記載される。1980年代には大量の日本人ビジネスマン・観光客が台湾を訪れ、あん摩業者の主な顧客となっていた。そんな中、2008年に台湾の最高裁で「あん摩業の視覚障害者専業」に対する違憲判決が出される。木村氏は、この判決を境に、視覚障害者自らがあん摩に関心を持ってもらおうと積極的なアピールに打って出た結果が、今の発展につながっていると推察。「盲人」という言葉をあえて店舗名に入れている例などもあると紹介した。
パネルディスカッションでは、盲学校教員の長尾隆一郎氏、ヘルスキーパーを10年間務めてきた橋本一弘氏、13年前から滋賀県で開業している園田哲生氏(全て視覚障害者)が、それぞれの立場から現状を紹介。「学生の減少を一人ひとりに丁寧な指導をする好機と捉えている」「ヘルスキーパーは視覚障害者の独占的仕事ではないので、技術の研鑚を怠ってはだめ」「患者が来ないからとチェーンの往療業者と提携すれば、治療院は空っぽになり、結果的に悪循環にはまる」との意見が聞かれた。




