Q&A『上田がお答えいたします』 「医師による適当な治療手段のないもの」とは?
2019.05.25
1096-1097号(2019年5月10-25日合併号)、上田がお答えいたします、
1096-1097号(2019年5月10-25日合併号) ほか
Q.
鍼灸療養費の支給対象は「医師による適当な治療手段のないもの」として「6疾病」に限定されていますが、そもそも医師による適当な治療手段のないものとはどういうことなのでしょうか。
A.
確かに、現行の厚労省通知には「療養費の支給対象となる疾病は、慢性病であって医師による適当な治療手段のないものであり、主として神経痛・リウマチなどであって類症疾患については、これら疾病と同一範ちゅうと認められる疾病(頸腕症候群、五十肩、腰痛症及び頸椎捻挫後遺症等の慢性的な疼痛を主症とする疾患)に限り支給の対象とすること」とあり、これは昭和42年9月18日付の保険局長通知をほぼそのまま引き継いだものです(昭和42年の通知には頸椎捻挫後遺症はありませんでした)。
ただ、通知にある6疾病には医師による適当な対症療法としての治療手段はありますし、一方で6疾病ではないけれども医師には治せない疾病もあり、それらには鍼灸が適用されていません。実は、「医師による適当な治療手段のないもの」とは「慢性病とは何か」を説明した表現なのです。慢性病は医師では「治す=完治させる」ことができないから、常に対症療法で症状を和らげるとか痛みを抑えるとか、「緩解」を目的にした医療しか行えません。ならば、「同じく症状の緩解になる鍼灸もよろしいだろう」ということになったのでしょう。ではなぜ、症状に疼痛が現出している慢性病の全てが鍼灸治療の対象とならなかったのでしょうか。私は鍼灸業界の古参の方から「業界側が療養費の支給対象について、行政にこまごまと聞きに行ってしまった結果、昭和42年の保険局長通知での疾病特定に至ったのだ」というお話をうかがったことがあります。慢性病とは何かを業界側から問われたので、行政は「医師でも結局は治せないのが慢性病だから医師による治療を施しても治癒しないもの=医師による適当な治療手段のないもの」と答え、さらに業界側が「それでは、慢性病にはどんなものがありますか」と聞いたから、「まあ、リウマチとか神経痛は治らないよね」などと回答。またさらに「他には何がありますか」と尋ねられたものだから、行政は「頸腕症候群、五十肩、腰痛症」を挙げた――という具合だったようです。
「医師による適当な~」という表現は鍼灸療養費の支給決定に当たっては極めてよろしくない、運用を限定してしまいかねないものです。例えば、同意をした医師が保険者から「医師による適当な治療手段が本当になかったのですか?」と聞かれれば、医師は「いや、何らかの手立てはあることはあるが、患者に頼まれたから同意書を書いただけ」と答えるかもしれません。そうすると、同意書を添付しても「医師の医科学的判断が認められない」として不支給となってしまうのです。
【連載執筆者】
上田孝之(うえだ・たかゆき)
全国柔整鍼灸協同組合専務理事、日本保健鍼灸マッサージ柔整協同組合連合会理事長
柔整・あはき業界に転身する前は、厚生労働省で保険局医療課療養専門官や東海北陸厚生局上席社会保険監査指導官等を歴任。柔整師免許保有者であり、施術者団体幹部として行政や保険者と交渉に当たっている。