連載『食養生の物語』64 うっかりドーピングと麻黄湯
2018.09.25
前回、サプリメントがドーピング検査に引っかかる危険性についてお話しましたが、「市販の風邪薬でドーピング違反」という事例も、何度か報告されています。咳・鼻水・発熱など、いわゆる「風邪」の症状で市販の「総合感冒薬」を服用する人は多いでしょう。これらの薬には、ドーピング規定での禁止物質、「興奮薬」に分類されるエフェドリン類が含まれるものが存在します。エフェドリン類は、中枢神経系を刺激することで集中力や敏捷性を高めたり、血流を増加させることで競技能力を向上させるといった効果を生む可能性があるとして、ドーピングの禁止物質となっているのです。こうした本人の意図しない「うっかりドーピング」を防ぐためには、禁止物質についての知識が必要です。総合感冒薬は、風邪の諸症状に効果があるように何種類もの薬物が含まれますが、成分は必ず表示されていますから、きちんとチェックすることができます。
漢方薬なら自然由来で身体への効果も穏やかだから問題ない……かと思いきや、ことドーピングの観点からは安易には使用できません。代表的なものとして「麻黄(マオウ)」にはエフェドリン類の成分が含まれています。また、自然由来ゆえに含有量が一定でないため、競技中の服用は禁止されています。生薬としての麻黄は、発汗・鎮咳・鎮痛・抗炎症作用が期待され、多くの漢方薬に配合されています。代表的な例を挙げれば、頭痛・悪寒・発熱・咳・喘息などの症状から、初期のインフルエンザや気管支炎・気管支喘息の発作期などにまで用いられる「麻黄湯」。風邪の初期の寒気から、肩こり・頭痛、鼻水、鼻詰まりなどの症状や神経痛、血行障害などに用いられる「葛根湯」。気管支喘息、鼻炎、気管支炎などに用いられる「小青竜湯」――いずれも、競技会前の服用は避けるに越したことはないでしょう。
市民マラソンのような一般的なスポーツの大会では、こうした厳しい規定はありません。例えば市民ランナーが寒い日の競技で体温の低下を心配し、体を温める効果があるからと葛根湯を用いることもあるようです。けれど、日本陸上競技連盟(JAAF)公認のレースでは御法度。もし仮に日本新記録が出たとしても、ドーピング検査で陽性反応と出れば記録も成績も取り消され、選手としての資格停止処分を受けることになってしまいます。選手と関わる場合、こうした事態に備える意味も兼ねて、練習日誌をつけるよう指導していくといいでしょう。練習(試合)内容、その日の体調、口にしたもの(クスリ・サプリメント、食事・おやつ)を記録していく。冒頭のような市販薬のケースでも、こうした記録と薬の購入履歴が残っていれば、故意ではないと認められ、数カ月の資格停止期間に低減されるかもしれません。
もちろん、日頃からきちんとした食生活をして、風邪をひかないコンディショニングを心掛けるのが一番です。
【連載執筆者】
西下圭一(にしした・けいいち)
圭鍼灸院(兵庫県明石市)院長
鍼灸師
半世紀以上マクロビオティックの普及を続ける正食協会で自然医術講座の講師を務める。