連載『未来の鍼灸師のために今やるべきこと』2 医学の進歩は医療費削減につながるのか?
2017.03.10
1044号(2017年3月10日号)、未来の鍼灸師のために今やるべきこと、紙面記事、
医学は目覚ましいほどに進歩しています。以前は難病と考えられていたAIDSや癌などの疾患でも、医学の進歩により生存率が伸び、完治までは難しくともコントロールが可能となるなど、明るい兆しが認められています。さらに今後は、iPS細胞やゲノム解析などの未知の技術や治療法が次々と開発され、ほとんどの病気が治療できるようになるかもしれません。
その一方で表面化してきたのが、前回取り上げた高額医療費の問題です。近年癌治療の分野で注目を浴びている免疫治療薬「オプジーボ」という新薬があります。この新薬は今までの薬とは異なり、免疫に作用して癌の進行を抑えるという新しい仕組みのため、従来の抗癌剤で無効だった患者にも効果が期待でき、一部の抗癌剤と併用がしやすいなどの利点があります。最近では皮膚癌に続いて肺癌に適応が拡大され、他の癌への適応拡大も期待されています。
しかし、新薬の効果以上に話題になったのが、オプジーボにかかる治療費です。オプジーボによる治療費は1人当たり年間約3500万円と試算されており、1カ月の治療費に換算すると300万近くになります。本邦ではオプジーボは保険適応である上に、高額療養費制度による負担額の軽減が認められているため、所得によっても負担額は異なりますが、月3万5千円から最大25万円で治療を受けられます。裏を返せば、患者1人につき年間3千万円以上が国の負担となるということです。もし、適応となる肺癌患者(1万5千人)がオプジーボを利用したとすれば、国の負担は6300億円とも試算されており、国の財政破綻につながる危険性まで指摘されているのです。
年間3千万円のお金で1人の命が助かるというのは素晴らしいことかもしれません。しかし、現行の医療制度を続けていけば、医学が進歩すればするほど国の負担が多くなり、破綻という結果につながりかねません。ギリシャの例を考えれば、国の財政破綻もあり得ないものとは言い切れません。
そう考えると、本邦の医療制度は限界に近づいており、変革の時期を迎えています。そのような現状を踏まえ、我々鍼灸師は、現行の医療制度の中で生き残る道を考えるのか、従来とは異なる新たなシステムができるのを待つのか、あるいは自らの手でそれを作るのかという岐路に立たされています。将来の鍼灸師のため、私たちはどの選択をするべきなのでしょうか。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長、鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。