連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』5 テキサス狙撃兵の誤謬
2018.08.10
誤謬(ごびゅう)とは、「論証の過程に論理的または形式的な明らかな瑕疵があり、その論証が全体として妥当ではないこと」です。
表題は、大量のデータから都合の良いデータのみを抽出し焦点を当てることによって生じる誤謬のこと。納屋の壁に何発も発砲した後で最も弾痕が集中したところに的を描き、「自分は狙撃の名手だ」と主張するテキサス人がいたというジョークに由来しています。私たちは、この狙撃兵のようなことをしていないでしょうか。鍼灸院に来院された方が妊娠されたとして、それが偶然なのか鍼灸の効果なのかを証明するのはたやすいことではありません。
「妊娠数」という表現をあちこちで見かけますが、これこそまさに「都合の良いデータだけを公表している」わけです。しかし、実際に他に良い目安が無いので、生殖医療の世界では汎用されてしまっている現状があります。
ある時、親御さんに連れられて7歳の男の子が来院しました。耳鼻科で突発性難聴と診断されたとのこと。突発性難聴の回復は時間との戦いです。早く治療を開始しないと治るものも治らなかったりするので、親御さんも必死でした。
ところが、当院で聴力を検査すると「異常無し」。前日の耳鼻科での検査では明らかに低下していたのに、です。そこで治療は行わず、「明日もう一度耳鼻科で検査してもらい、異常があればすぐに治療を始めましょう」ということになりました。翌日お母様から電話があったのですが、やはり治っていたとのことでした。ほとんどの鍼灸院には、聴力検査機器など置いていないでしょう。しかし治療の精度を上げるためには誤謬は避けなくてはならないので、当院では数年前から必要に応じて聴力検査を行っています。あの時もし検査をせずにそのまま治療をしていたら、翌日の回復をもって「エセ名鍼灸師」の誕生です。
同様の事象が大量に起こるのが、逆子(骨盤位)治療です。多数来院されていますが、その約2割(現時点で427人中81人)が初診時には逆子ではありませんでした。産婦人科で逆子と言われて鍼灸院に来るまでに2割の人が自然に治るとしたら、放置した場合と鍼灸を行った場合とで比較して、どれほどの有意差を証明できるでしょうか。
それを考える以前に、少なくとも私は、逆子治療にはエコーが必須だと思います。エコーを備えていなければ約20%の患者さんが目的にふさわしくない治療を受け、そして「鍼灸のおかげで治った」と誤信されるのです。もしかしたら、頭位で治療を受けて逆子になることもあるかもしれません。
また、エコーは逆子の妊婦さんの就寝時の臥位の方向を決めるのにも必須です。逆向きに寝ると、治らない方向に動くからです。当院では、逆子をエコーで診る前に必ず触診で確認し、延べ千数百回は触診とエコー画像の答え合わせをしてきました。その結果、上腹部にある大きな塊が骨盤なのか頭なのか、丸い塊のほんのわずかな凹凸で判断できることが分かりましたが、胎向を含めて判別不可能なケースが極めて多く、「触診だけでの判断は絶対にすべきではない」という結論に達しました。
ところで、東京・渋谷のアキュラ鍼灸院では「鍼灸師がエコーを使用するのは認められない」と保健所から指導が入ったことがあります。しかし、院長でJISRAM理事の徐大兼先生が「逆子の治療が認められているのに逆子かどうかを診ることがどうしてダメなのか」と反論されたところ、認められるようになりました。当院でも保健所が認めています。このように私たちJISRAMは鍼灸師の権利を守り、更には色々な産婦人科と密に連絡を取るなどして信頼と連携の拡大にも草の根で取り組んでいるのです。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。