連載『汗とウンコとオシッコと…』175 弱るが上に
2019.03.10
今年は春の訪れが早い。2月の後半にウグイスの声を聞いたのは、筆者は初めてだ。紅梅も白梅も満開で、桃の花すら開花しかけている地域もあるという。局所的大雪こそあったものの、日本では全体として暖冬だった。スキー場は涙目だ。ただ一方で、アメリカでは死人続出の大雪とか……全体で帳尻を合わせる、この星の力には驚きを隠せない。
これだけ春が早いと、決まって感染症が増え、それから横隔膜の下で血管が弛緩して、筋が脱力する、膝痛、ぎっくり腰、少腹痛が増えるか、横隔膜の上で弛緩して眩暈が増えるか、血管の弛緩でアレルギー反応が強く現れだす。あるいは交感神経優位になり過ぎて、血管が収縮して頭痛や肋間神経痛などが出やすくなる。前者のような弛緩性の反応が強く現れる人は、高齢者や女性、運動不足で貧血・低体温・低血圧の人が多い。今回もそんな一例だ。
「先生、最近喉の具合が悪くて……咳や痰が出るんですけど……」
と、80歳に手が届く、やせ型の老婆が来院している。元々、圧迫骨折由来の痛みを楽にしてほしいという理由で来院していたが、その症状は、今はほとんど出ていない。およそ半年前まで手押し車からの通院だったが、今や念のため、疲れた時のためにと杖を持っているだけというところまで回復した。横転先生によれば、それより厄介なのは、時折症状を訴える、間質性膀胱炎だという。
「え~、肺や気管支に影響しだしたんか……歳のせいでもあるけど、本格的な老化突入やな。それで、医者は何か言ってたんか?」
「慢性気管支炎って。でも、本格的な炎症でもないから薬が無いって言ってました……」
「気の利いた言葉を出す医者やな。それ、ワシが言うんやったら、老人性体温低下性偽物気管支炎やな。『歳やからしゃ~ないし、薬が無いわ、ババア、諦めろ』っていうところを、優しく言ってくれてるだけや。うん。ワシも見習わなあかんな。ハハハ……」
「え? 治らない? マシにならないんですか……?」
「その症状は朝が苦しいわけやな。動き出すとマシ……」
「はい、そうなんです」
「寝てる時のフラット状態で、血管が緩んで血圧が下がる。心臓のポンプだけでは、足に流れた血の戻りが少ないんだわ。つまり、寝てる間に血圧が下がり過ぎるわけやな。そしたら、身体は頑張らなあかんと思って、部分的に気管支が締まる。でも、本物の喘息でもないし、心拍数が上がり過ぎての問題の気管支拡張剤を使うものでもない……っていうことなんや。寝てる時に血圧が下がり過ぎんよう、調整はするけど……」
「けど?」
「ショウベンが出だすとマシになるけど、あかんかったら、寝る時にベッドの上半身を少しだけギャッジアップしてくれ。それでマシになるやろ」
「それって、もしかして……寝たっきりの人の姿勢?」
「そうやな。血液がサラサラになる系の薬も飲んでるやろ。それもまた、歳の弱りにつけ込む副作用になっとる」
「ベッド、ちょっと上げてみます。でも、私、もう、そんな年齢か……」
寂しげにつぶやく老婆だった。
【連載執筆者】
割石務文(わりいし・つとむ)
有限会社ビーウェル
鍼灸師
近畿大学商経学部経営学科卒。現在世界初、鍼灸治療と酵素風呂をマッチングさせた治療法を実践中。そのほか勉強会主宰、臨床指導。著書に『ハイブリッド難経』(六然社)。




