連載『医療再考』3 「未来における鍼灸のブランディング~コミュニティーとしての鍼灸学~」
2019.05.25
1096-1097号(2019年5月10-25日合併号)、医療再考、
1096-1097号(2019年5月10-25日合併号) ほか
医療においてAIをはじめとしたテクノロジーの活用が検討されている理由は、人材不足だけではありません。医療の一部をテクノロジーに任せることで、診断の補助や高度な検査、治療のアシストなどが可能となることから、より高度な医療の実現にAIは必要不可欠でもあるのです。人材の有効活用の面からも、社会に必要とされる仕事ほど、AIなどの最新技術に任せられる部分は任せ、専門家は専門家にしかできない部分に専念するという流れはごく自然なものと言えます。そうした意味でも、鍼灸はAIに奪われない職業と高を括るのではなく、積極的にAIに仕事を任せて仕事を効率化することが重要です。
医療でAIを活用するためにはデータの数値化と一元管理が必要十分条件だとされています。その第1段階は電子カルテの普及による情報のデジタル化、第2段階がネットワークなどで情報を共有するネットワーク化。そして最終段階が共有データを集めて解析するビッグデータ化です。ビッグデータは、これからの医療におけるエビデンスの形です。RCTのような限定的なエビデンスではなく、膨大なデータから類似のデータを見つけ出す新しいエビデンスがこれからの医療を作っていくのです。実際、医学ではAIを活用するための情報整備がほぼ完了しており、これからはビッグデータを集め、画像や遺伝子などの情報解析、病気の適切な診断、さらには創薬などの分野に活用しようとしています。その意味で、医師の診察・検査・診断の体系は大きく変わろうとしており、病気の診断や適切な治療法の提案はAIの解析に任せて、医師はそのアドバイスに従って専門的な治療に専念するという時代が、目の前にまで来ています。これからの医療においては、AIを核とした情報コミュニティーに、有益な情報を提供することが重要だといえるでしょう。
その一方で、鍼灸治療は第1段階の電子カルテ化さえ行えていないため、データを一元管理することができず、個人の経験は経験でしかないのが現状です。もしも個人の診察・治療結果を数値化し、情報を一元管理することができれば、東洋医学に関する様々な情報は現代の医療にはない未病に関する有益な情報を多分に含んでいることから、病気の予防や早期発見にも役立ち、健康―未病―病気の軸で新しいエビデンスを確立していくことが可能でしょう。そして、我々鍼灸師はこのプラットフォームを基に、新たな健康経営を創造し、医療における新たな東洋医学の関わりを確立できるのです。
そのために重要となってくるのは、東洋医学のデータを利用してどのような健康経営を実現したいのかというデザイン設計です。そのデザインは医療の範囲を越え、様々な領域と連携し、社会にインパクトを与えていくことが重要となります。この、医療の枠を越えた新たな健康経営こそが、鍼灸の新しいブランディングであると考えています。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長
鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。