連載『汗とウンコとオシッコと…』184 老々介護
2019.12.10
12月に至り、ようやく寒さが本格的になってきた。去年と比べると全体的には暖かいが、寒いことに変わりはない。それにより急激に末梢血管が収縮し、血圧が上がることで、体幹部背面に内臓体壁反射で各臓腑の負担が投影されやすく、頭痛や肩、腰という具合に痛みが出やすい時期だ。これは末梢血管を拡張させて血圧を下げる薬を内服していても避けられない、生理的な動きだといえる。
「先生、足が引きつって、正座が出来ないんです。それと左肩が上がりにくくなってきて……。整形外科には行ってみたんですけど、あまり変わらなくて……」
大腿四頭筋をさすりながら訴える今日の患者さんは、70代の色の白い上品な老婆だ。名を尾野さんといい、茶道を教えている。この年齢層の患者さんの治療は川端が担当するのが常なのだが、今日に限って横転先生が出張っていた。「精神的に幼いお前では厳しい」とポソッとつぶやき、脉を取り出したのだ。苦虫を噛み潰したような顔の川端だったが……。
「これ、尾野さん、あんた、胃の不快感みたいな……今よく言われる、逆流性食道炎のような症状が急に出てきとらんか?」
「えっ、先生、そんなこと分かるんですか?」
「それがワシの仕事や。これ、精神的に何か問題があった時に出てくる時の血の動きをしとるんやけど……」
「え~、そんなことまで……実は90歳の母が急に入院しまして……。もう歳ですから仕方がないんですけど、心配で……私の食事もバラバラで、今病院から帰ってきたばっかりなんですよ」
「足や左肩の痛みはそれから出てきたわけなんやな」
と、横転先生がズバリと聞く。
「そういえば、そうですわ、これ……。胃の具合と関係してるんですか?」
「そう、精神的な問題で胃酸が出にくい型の胃の充血……老々介護の負担の一つでもあるわな。胃が充血するわ。それで足に血が流れにくくなるわ、母親思いのあんたのことやから、心配も過剰になるし、心臓の拍数は上がり血圧は寒さに伴い上がってくるわで調子が狂ってる。仕事でも、茶道やったらこれから新年に向けて色々段取りがあるやろうし、あんたは焦る……まあ、そこから崩れてきた痛みやな。足や肩だけをどれだけ触っても、痛みの原因の根断ちが出来てないからすぐに戻るわけや」
「これ、治りますか?」
心配そうに足をさする尾野さん。
「正座があんたの仕事の一つでもあるからなぁ。胃の不快感の自覚が無くなるにつれて、足は先にましになる。肩は、ワシでもちょいと歳のこともあり時間がかかるな。まあ、あんたの心配症が無くなれば、すぐにでもましにはできるんやけど……」
「結構、それって、精神的なところからの問題と……」
「それだけやないけど、重なっただけや。まあ、来年には間に合うわ」
と、横転先生が治療を始め出した。
これは確かに自分の手には負えなかったと、諦め顔の川端だ。
【連載執筆者】
割石務文(わりいし・つとむ)
有限会社ビーウェル
鍼灸師
近畿大学商経学部経営学科卒。現在世界初、鍼灸治療と酵素風呂をマッチングさせた治療法を実践中。そのほか勉強会主宰、臨床指導。著書に『ハイブリッド難経』(六然社)。