連載『未来の鍼灸師のために今やるべきこと』25 おわりに~未来の鍼灸師のために今できること~
2019.02.10
鍼灸も医療の一つである以上、国の医療政策の影響を強く受けます。そして、医療政策は社会課題ですから、日本や世界の経済状況、さらには社会情勢の影響を強く受けます。そうやって順に考えていくと、鍼灸の未来を考えるためには、鍼灸や医療の世界のことを考えるだけでなく、日本や世界の社会情勢を視野に入れたグローバルな視点を持たなければなりません。
また、日本社会は変革期を迎えています。少子高齢化に伴う人口構造の変化、人口減少に伴う労働者の減少、AIに代表されるICTの発達に伴う社会の変化(第4次産業革命)と、社会構造は確実に変化しています。このような状況の中で、我々鍼灸師は従来通りのスタイルを貫くべきか、それとも変革が必要なのかを考えることが最も大きな課題です。
こうした現状を踏まえ、本連載ではこれからの社会状況を予想しながら、鍼灸の新たなる将来を創造する取り組みを取り上げるとともに、医療だけにとどまらない未来の健康維持システムを考えることをテーマに、「未来の鍼灸師のために今やるべきこと」と題して養生構想を提唱してきました。しかし、ここで紹介した一つひとつの事例は特に新しいことではなく、多くの先人も同様の理想を掲げてきました。
この連載で一番お伝えしたかったことは、予防を中心とした持続可能な健康維持システムを構築するためには、予防の価値を「病気にならないための方法」にとどまらず、養生のように価値を楽しみや生きがいのための方法にしていくこと、言い換えれば健康になる価値を多様化していく必要があるということです。健康になると医療費が下がるという非日常的な価値ではなく、例えば健康でいれば受験や就職、さらには婚活に有利になる、健康でいれば食事や移動が安くなるというように、健康の価値を日常的な価値に近づけていくことが大切なのです。そして、もう一つ大切なのは、これらを単なる自己満足とするのではなく、社会のシステムとして構築していくことです。そのためには、我々の日常生活と密接に関連し始めたICT技術を応用することが必要不可欠であり、ICT技術が急速に進歩する今こそ、理想の医療を実現するチャンスだと考えています。その意味で、未来の鍼灸師のために今できることとは、「新しいテクノロジーを活用し、生活に密着にしたシステムとしての養生を構築していく」というのが私の結論です。
本連載は今回が最終回ですが、次回からは「医療再考―テクノロジーの進歩に我々は何を準備すべきか?」と題して、新しいテクノロジーが生活の中に入り込んでいる国内外の事例を紹介しながら、システムとしての健康維持を考えていきたいと思います。最後に、長い間、記事をお読みいただきましてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長
鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。