あマ指師課程新設非認定処分取消裁判を考える
2017.01.10
盲人の生業である「あん摩」は教えない
芦野純夫氏
昭和22年生。横浜医療専門学校学術顧問。元厚生労働省教官。
日本理療科教員連盟常任理事や東洋療法研修試験財団国試評価委員などを務める。
――口頭弁論が開かれ、論戦が始まっています
双方のここまでの主張は冷徹な憲法論議になっています。仮に、このまま判決が出るようなことになれば、遺恨を残す裁判になるでしょう。私は、原告側である横浜医療専門学校で教えていますが、国立身体障害者リハビリテーションセンター理療教育部で教官も務めるなど盲教育にも携わり、視力障害者のあん摩師の生活や心情も理解しています。彼らの雇用を守るための優先措置など、もっと制度面への言及を盛り込み、「血の通った」裁判にすべきです。
――「血の通った」裁判に?
そもそも当校も含めて原告側の専門学校3校は、従来の3年制ではなく、4年制で申請しています。しかも、昨年末にまとめられた厚労省の学校養成施設カリキュラム等改善検討会の改正案より単位数も時間数も多く、自ら高いハードルを課した申請内容でしたが認められませんでした。ただ、今回の裁判によって新設が認められたとしても「4年制」は変えるつもりはありませんし、併せて他の学校が容易に追随できない高いハードルの規制を設けるよう国に対して求めていく考えです。新設校が雨後の筍のごとく増えた柔整や鍼灸の二の舞は絶対に避けなければなりません。
そしてもう一つは、「あん摩を教えない」ということです。多くの人が誤解されていますが、あん摩マッサージ指圧師は、3つの業が一括りにされた免許であって、一つの業ではなく、それぞれを単に呼び換えたものでもありません。法律上でいう「マッサージ」とは医療マッサージのことで、明治期に欧州から入ってきた技術を起源としており、指圧は医業類似行為として戦後禁じられた、あん摩・マッサージ以外のカイロプラクティックやその他もろもろの手技療術が、昭和30年にまとめて施術行為に組み込まれた際にその総称として選ばれた名前です。
一方、あん摩は、その長い歴史から盲人の「生業」、もっと言えば「聖業」だと考えています。あん摩独自の複雑な、揉んだり、叩いたり、擦ったりといった技は徒弟制の下で古くから伝承され、事実上、盲人にしかできない治療技術です。ですから、我々の学校で「あん摩さん」を養成するなどおこがましいことで、全く考えていません。医療マッサージの他に、盲学校等で教えられていない手技療法、特に「指圧」を指導するつもりです。
――「指圧師」の養成を主眼に置いていると
そうです。法律上は、カイロプラクティックや整体なども「指圧」に含まれます。ただ、これらを医療行為として行う免許者を養成しようにも、19条があって開設が一切認められないのが現状です。また、晴眼者が指圧やマッサージを学ぼうにも、ほとんどの養成校があはき三科で、鍼灸も併せて学習しなければならず、総合的に手技療法を学ぶ場がありません。しかも、無免許者が放任され、健康被害も多発している今、国民の正しい手技療法を受ける権利は明らかに阻害されています。
裁判で19条が俎上に載ったことで視力障害者らが過敏に反応していますが、「手技療法の中であん摩業以外の部分を担わせてくれ」というのが原告側の主張の本質であることを、理解してもらいたいと思います。
国が敗訴すれば社会問題に
時任基清氏
昭和8年生。元日本あん摩マッサージ指圧師会会長。
日本盲人会連合副会長などを歴任。昨年に日本あん摩マッサージ指圧師会会長を退任。
――裁判の行方をどう見ていますか?
視力障害者のあん摩マッサージ指圧師は既に生計維持がままならない中で、国が敗訴することだけは何としても避けねばなりません。もしそうなれば、間違いなく社会問題となるでしょう。19条に「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難」になる場合は申請を承認しないとする根拠があり、また、「公共の福祉」という観点から19条が違憲になるとは考えにくく、最終的に国が勝つのではないかと思いますが、裁判に発展した以上、我々も多少の覚悟は必要かもしれません。
――19条が争点になったことで、視力障害者団体を中心に反対の声が高まっています
まず考え方の順序として、19条を見直す前に、視力障害者のあマ指師の生活が困らない状況を作ることが前提であるべきです。これだけ多くの無免許者が町に溢れ、事実上あん摩マッサージ指圧業を行っている今、我々の職域は狭められ、これまで引き継がれてきた徒弟的な開業モデルが維持できなくなってきています。無免許者への取り締まりも、過去に悪質な業者を告発し、起訴へとつなげて有罪となった事例もありますが、これが一罰百戒にならず、また、行政当局も本腰を入れて取り締まりに取り組んでくれないのが現状です。このような中で、晴眼者のあマ指師が増えれば、視力障害者の施術所に来る患者さんは間違いなく減り、さらに経済的に苦しい状況に追い込まれてしまいます。たとえ治療技術に遜色がないとしても、視力障害者と晴眼者では施術所の構えひとつとってみてもその差は歴然で、経営力の差がそのまま現れてくるでしょう。また、移動や文書作成においても、視力障害者が不利であることは明らかです。
そのためにも自治体が運営する施術所を作っていくことが必要だと考えます。そこで視力障害者のあマ指師を雇用することで、安定した収入を得られる方策になります。既に新宿区立障害者福祉センターなど都内のいくつかの区で実施されており、これを各地に設置し、全国にも広げていくべきです。行政の支援により勤務者として生計を立てられる状況を構築し、併せてヘルスキーパーとしての雇用先の拡充も一層図るなど、これらの環境整備が達成された後に「19条見直し」という選択肢が出てくる、と以前より思っていました。
――裁判の判決次第では19条廃止の可能性も有り得ます
実のところ、この19条の問題を、私が80歳を過ぎた今日まで引きずっているとは思ってもいませんでした。もう少し早く解決しているものだと。それはさておき、現状において国の敗訴だけは避けなければならない点は強調しておきます。最低でも、和解の範囲内で決着をつけなければ大変な事態になるでしょう。和解は裁判所の判断ですが、もしそうなった場合、視力障害者団体も関係者として意見を求められると思います。その際は、多少の妥協はしないといけないことを、我々も考えておかないといけないでしょう。