連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』8 免疫力アップ?
2018.12.10
前回の続きから。無害な非自己に排除が働かない事象は免疫学的寛容、敵に働く排除は正常な免疫、敵でないものに反応するのがアレルギー、敵に対してすら働かない状態はアネルギー。通常私たちが有害無害を区別するのは経験と五感に委ねられますが、免疫システムは特定の分子構造を持つものを排除しようとします。ところで「免疫力アップ」という言葉がよく使われますが、昨今、少し違った言い方をする場合が増えてきました。それをご理解頂くことが、今回の目的です。
アレルギー(Allergy)はギリシャ語から派生した言葉で、「変化した反応性」という意味です。私たちを取り巻く環境では多種多様な物質が色々な経路で侵入して来ますが、本来無害な物質に対していつしか排除などの反応が起こるようになる変化がアレルギーの発症です。アレルゲンの種類は増加中で、現代人の1~4割の人が何らかのアレルギーを持つと言われています。自然免疫に対して獲得免疫は一度感染した病原体などの記憶を数年~数十年間も記憶し、2度目の感染で発症を防ぐ仕組みです。前に感染したことがある病原菌などが侵入すると、①樹状細胞が抗原提示、②記憶T細胞が記憶B細胞に伝達、③記憶B細胞が抗体産生B細胞(形質細胞)に変化し抗体を産生放出、④抗体が抗原に結合し抗原を無毒化及び排除、という順に進みます。大雑把ですが、これが通常の抗原抗体反応です。
しかし例えば、花粉症の媒介をする抗体IgEの根っこ(定常領域)は、すでにマスト細胞と結合しており、IgEの先端(可変部)に抗原が結合すると、その信号はすぐにマスト細胞に伝達されます。マスト細胞は体表の粘膜や上皮組織に分布していて、内部に50~200個の大型顆粒を持っています。顕微鏡で見ると細胞がとても膨れているので、肥満細胞(ドイツ語に由来)とも呼ばれます。ここでは簡単に症状が起こらないように、一つのアレルゲンが2個以上の抗体に橋のように結合しないと信号が伝わらないようになっています。しかし花粉を多く吸い込むと、その架橋構造が簡単に出来て、マスト細胞の大型顆粒から内部のヒスタミン、ヘパリンなどの様々な化学物質を一気に放出(脱顆粒)します。抗体が抗原を捕捉してから脱顆粒まで、まさに瞬時の反応です。ここまで読まれると、「免疫力アップ」という言葉に違和感を覚えませんか? アレルギーは多種多様ですが、本質的にはIgE、IgGといった抗体やTh1、Th2、CD8などの免疫細胞が必要以上に働いてしまう状態です。つまり免疫力アップは、ことアレルギーに関しては沈静化どころか悪化に向かってしまうのです。
鍼灸治療で花粉症が軽減する方は沢山おられます。極論すれば、迎香に内上方水平刺の鍼をするだけですぐに「先生、1カ月ぶりに鼻が通りました」などと喜ばれます。過去に、一度の鍼で1カ月間症状が寛解し、花粉症の季節に計3回の来院で概ね快適だという方がおられました。前述のプロセスの中で、なぜ鍼灸は効果があるのでしょう。論文を検索すると、鍼灸によって血中IgEの抗体価などに変化は見られず―つまりマスト細胞に結合するIgEの供給は減少しない―にもかかわらず、症状の寛解を実感する患者が多いという事実。現代医学的見地から、アレルギーに対する鍼灸の作用機序を証明するのはたやすいことではないでしょう。しかし、インプット(鍼灸)とアウトプット(効果)の間(作用機序)を考えることはとても重要です。鍼灸は、生体防御の増強と免疫の暴走の抑止、いずれにも有効ですから、鍼灸は「免疫力をアップする」よりも、「免疫機能を調整する」とする方が適切な表現ではないでしょうか。それを如実に示す臨床データも蓄積中です。昨今は一般の方の知識もとても豊富になり、高度な質問をされる患者さんもおられます。正しい理解と言葉の使い方が必要です。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。




