連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』6 臨床研
2018.10.10
毎年秋になると日本鍼灸師会では、「臨床研修会」が開催されます。かつて私はそこで、「肩関節班」の講師を5年間務めました。講師になるための訓練は本当にスパルタ式で、共に受けた仲間と戦友のような絆ができた、というぐらいハードでした。肩関節班の講師指導者はとても厳しく、「中村ぁ! それじゃ全然だめだ!」と罵声が飛ぶことも。拳を握りしめ「辞めてやる」と何度も思いましたが、そこで得られたのはとても大きなものでした。まず肩関節の解剖学、運動生理学を徹底的に覚え、鍼灸で改善可能な症状の鑑別をします。その後、肩痛に対する各種徒手検査を行い、できるだけ正確な病態把握に務めます。実はこの徒手検査が難しいのです。コツを間違えると陽性が陰性になったりしますし、圧痛もポイントが少しでもずれると台無しになってしまいます。
最後に大切なのは、アウトプットの練習、患者さんにどう説明すればよいのか、です。講師訓練が少し違うのは、鍼灸師である受講生に教える最適な説明法を学ぶというおまけがあることでした。ある年の臨床研で、膝を痛めていた私は膝関節班のボスに診ていただいたのですが、その診察の緻密さは衝撃的でした。一通り学習するのすら大変なのに、極めようとすると並大抵な努力では成し得ないことを目の当たりにしたのは貴重な体験でした。
さて、不妊の原因はまさに様々。女性側だけでも、卵巣因子、卵管因子、子宮因子などがあります。そのうち卵巣因子だけ見ても、早発閉経、低反応性卵巣、排卵障害、子宮内膜症及びチョコレート嚢腫などたくさんの原因があり、最近叫ばれている「卵子の老化」を合わせると、極めて多岐に及びます。運動器疾患とは異なり徒手検査は当然不可能なので、緻密な問診、更に血液検査、画像データ、医師の診察治療の履歴を見聞きして、鍼灸の適応かどうかの鑑別をします。当院には100人以上の妊活患者さんが他の鍼灸院から転院して来られていますが、その理由で最も多いのが説明不足です。私の説明は、臨床研で学んだ「お作法」がそのまま生かされています。結局、運動器疾患であれ婦人科疾患であれ、同じ道筋をたどるのです。
ここで大切なのは、適応であるというからには鍼灸の効果が担保されていなければならないということです。生殖鍼灸にはその点がほとんど存在しなかったのです。生殖について鍼灸に何ができるのか、それを明確に説明する必要があります。
男性不妊鍼灸の伊佐治景悠先生が本紙の対談で言われたように、鍼灸では絶対にどうにもならない問題があることを、私たちはまず理解しなければなりません。そして適応と判断するには、その状況に対して適切な治療法が存在することが大前提です。情けないことですが、後の検査で卵管閉塞と判明した妊娠適齢期後半の女性に対し、病院受診や体外受精を頭から否定した鍼灸師の話を聞きました。約8カ月に及ぶその院での間違った指導が無ければ、その方は速やかにステップアップして子供を授かれたかも知れないのに! 勉強不足や誤った指導が、その人の将来設計を狂わせてしまう重大さを理解していただきたいものです。
生殖医療はすごい速さで進歩し、5年前と今ではもう隔世の感があります。常に情報収集しなければ患者さんに間違った説明をしてしまう怖さを、日々感じます。鍼灸の治療法は未開発とはいえ、少しずつ証明が進んでいます。適切な鑑別に基づいた有効な治療と、最新の知識を基にしたアドバイス。どんな疾患にも言えますが、効果を実感しにくい生殖鍼灸では、特に大切なことです。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。