連載『織田聡の日本型統合医療“考”』96 国民健康保険のジレンマ
2018.07.25
日本の医療保険制度の特徴は、国民皆保険、フリーアクセス、現物給付の三つです。2000年には世界保健機関(WHO)から総合点で「世界一」と評価され、世界に誇れる制度なのですが、大きな問題も抱えています。医療費の総額は毎年1兆円程度増え続け、今のままでは国民皆保険制度を維持することが難しくなってきています。これは多くの人が気付いていますね。高齢化や医療技術の発達に起因していますが、まずは国民一人ひとりが、制度そのものを理解して健康への意識を高め、医療費を節約していくことが重要です。
このように「一般的な言論」として、制度維持のために「国民が節約しましょう」「無駄な医療費を使わないようにしましょう」とよく言われます。確かに1回4〜5万円のコストのかかる救急車をタクシー代わりに使われるのは問題ですし、無駄な薬や検査は慎むべきものです。一方で、問題を解決すべく制度そのものの改革も唱えられ続けてきました。しかし、現在の制度が「世界一」と評されているわけですから、変えることは「改悪」以外の何物でもありません。そうなると、誰も手をつけられません。「不都合な事実」として、医療制度をつまびらかにしたくなくなり、その結果、「無駄をなくしましょう」との言論が飛び交うことになります。
医療制度を維持するために、AIやICTを利用しましょうという話も出ます。「飛躍的な効率化と質の担保を!」と、技術への期待がかかっています。メディカルベンチャー各社は「医療」へのサービス提供という公益性の高い事業を立ち上げようと必死です。しかし、ここにもジレンマが発生しています。
効率化するということは、いくつかの方法があります。例えば、▽時間を短縮することで顧客回転率を上げる、▽コストを削減することで収益性を上げる。ただ、診療が効率化されて単位時間に診察できる患者数が増えると、保険者への負担は増えます。コストを削減して医療機関が儲かると、コストを削減した部分の診療報酬点数は下げられます。つまり、効率化を進めれば、国民には恩恵があり、医療を利用しやすくなりますが、国民が安易に医療を利用するために国の負担は増大します。
これは大きなジレンマです。逆に効率を下げると、国民は待たされ、不便に我慢することになりますが、医療費は下がるでしょう。ただ、我慢することで病気が悪化し、結果として医療費が多くかかってしまうという考え方もありますが、国の補助で価格的に利用しやすい医療への「アクセスビリティー」を効率化で上げると、国民医療費は間違いなく高くなります。医療費を削減するために、「効率化」と「アクセスビリティー」のトレードオフなのです。
【連載執筆者】
織田 聡(おだ・さとし)
日本統合医療支援センター代表理事、一般社団法人健康情報連携機構代表理事
医師・薬剤師・医学博士
富山医科薬科大学医学部・薬学部を卒業後、富山県立中央病院などで研修。アメリカ・アリゾナ大学統合医療フェローシッププログラムの修了者であり、中和鍼灸専門学校にも在籍(中退)していた。「日本型統合医療」を提唱し、西洋医学と種々の補完医療との連携構築を目指して活動中。