連載『医療再考』12 ICTで鍼灸治療における情報の活用が変わる
2020.02.10
ICT環境の整備や、第5世代移動通信システム(5th Generation:5G)の出現に伴い、どんどん個人の情報がリアルタイムで集められるようになっていきます。そのため、これからの医療は病院の検査などで分かる一時的な情報(検査ログ)と、個人のウエアラブルデバイスから取得される長期的な情報(生活ログ)の二つを軸に、患者の解析をすることになっていくでしょう。特にウエアラブルデバイスの進化は目覚ましく、腕時計などから心拍数、歩行数(活動量)、睡眠状態など、さらに海外では体温や発汗量、血糖値まで記録することが可能となっています。また、計測の形も腕時計だけでなく、服の中にセンサーを埋め込むことで、患者に負担なく、色々な情報を集めることができるようになっています。このように、個人の情報は簡単に取得可能となっており、これらの生活ログを医療に生かす動きはますます加速するでしょう。
このことは、鍼灸をはじめとした東洋医学でも同様です。しかし、生活ログを取得できたとしても、それだけでは活用の幅は狭く、その情報と何を結び付けるのかが重要となります。そこで情報を集約するツールとして注目されるのが、電子カルテです。日常生活の情報である生活ログと治療院が持つ患者のデータを結び付けることができれば、診察や治療の補助になるのはもちろん、日常生活のパターンから体調が悪化しそうなタイミングまで分かるようになり、患者を管理できるようになるのです。鍼灸師は、単に治療する治療者から、患者の体調を管理する管理者へと領域を広げていくことができるでしょう。
情報の探し方にも変化があります。従来は、患者本人が必要だと思う情報を自ら検索することが一般的であり、差別化には、同じカテゴリーの検索結果の中で上位に紹介されることが重要でした。そのために重視されているのが、検索エンジン最適化(Search Engine Optimization:SEO)対策ですね。しかし、これからは顧客(患者)情報に生活ログが紐付けられるため、その人の体調や生活に合った最適情報が見つけやすくなります。そうなれば、自分自身で検索して自己流で選ぶよりも、自分の生活パターンからお勧めのライフスタイルや治療スタイルを推薦(リコメンド)してもらい、その推薦により製品や治療を選ぶという時代になると考えられます。ユーザー心理からすれば、その方がトライ&エラーをせず最適な製品や治療スタイルに辿り着けるため、安全かつ効率的なのです。
ただし、我々の持っている情報はまだ紙ベースであるため、このままでは環境やデバイスがいくら発展・進化しても、鍼灸を第一にリコメンドしてくれるプラットフォームなど生まれようがないということも理解しないといけません。世間では、医療や健康に関する情報コミュニティーはもう完成間近と言われています。さあ、このような変革期に鍼灸業界は何に一番投資しなければいけないのでしょうか。真剣に考える時期に来ています。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長
鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。