連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』16 医師の患者さん
2019.08.10
当院には、何人もの医師が通院されています。
ある日、Tさんという方が「K先生の紹介」とのことで来院されました。「K先生って誰ですか?」と問うと、「K・A先生ですよ、産婦人科医の」とTさん。Kさんのカルテを見ると職業欄には「事務職」とあります。そこでお名前でネット検索してみたら、某生殖医療施設のHPに医師として顔写真とともに掲載されていました。
妊活で来られていたK先生に「釈迦に説法」していたとすれば、穴があったら入りたい気持ちでした。ところがしばらくして、K先生が久々にご来院。「Tさんをご紹介下さってありがとうございました。ところで先生の職業、ばれちゃいましたよ」と申し上げたら、「つい言いそびれてしまって」と。K先生が二人目を授かれるよう、全力を尽くしたいです。
続いては、肩が上がらないという男性の生殖専門医。「先生の所から当院は遠すぎますよ」と申し上げたのですが、「京都なんて高速飛ばして1時間半ほどですから」とおっしゃって来院。肩が上がらなくて、ストレッチポールをしたら右だけだったのが両側とも痛み始めたとのこと。
この先生のクリニックと同じ県内で運動器に強い先生――日本鍼灸師会の臨床研修会講師として同じ釜の飯を食った方です――の情報をお伝えして、「ここできちんと継続して受療して下さい」とお勧めしました。
次はY先生。懇意にしている生殖専門医と偶然お知り合いだった産婦人科医です。先日Y先生が「妊活に良い食べ物って何でしょうね」と言われたので、11月に開かれる日本生殖医学会で私が座長を務めるシンポジウムのシンポジストで、ハーバード大学のチャバロ教授の著書『Fertility Diet』に書かれていた七つの原則の話をしました。Y先生は「男性も同じで良いのでしょうか」と問われたので、「硫黄が大切ではないでしょうか。精子1個に23本のDNAの塩基対の数だけジスルフィド結合(SS結合とも言う)が必要で、1億も射精したとしたらどれほど必要か、です。既に作られた卵子と、日々おびただしい数が作られている精子とでは、必要量が全然違うと思います」と言うと、Y先生も「なるほど!」と合点がいった様子。「もし毎日射精したら1年間で何molの硫黄が必要になるでしょう、なんて試験に出そうですね」と言ったら、「そんな計算したくもないです」とY先生。でも食事療法には大切です。そして、十年以上前から時々お越しになる麻酔科の先生。膝が痛くて整形外科に行ったものの芳しくなくて来院されたのですが、3回ほどの治療で明らかに腫れが引いて、鍼灸のファンに。若手研修医が配属されると鍼灸の良さを伝えて下さったり、術後疼痛の患者さんに鍼灸を勧めて下さったり、同僚医師をご紹介下さったりと、まさに鍼灸の伝道師のような方。この先生が、とても含蓄のあることをおっしゃいました。「整形外科は、あくまでも外科。手術の適応にならなければ保存療法が主体。かたや鍼灸は患部に直接働きかけて、中から治そうとしている。整形外科に対して、整形内科とでも言うべき治療法だと思います」。このフレーズ、使えますね。最後のお話。ある日、内科疾患で男子高校生が来院されました。珍しく父親が付き添いです。お二人にインフォームドコンセントをしたところ、お父さんが「じゃ、ここに通ってみるか」と、ご子息に勧められました。その後、お父さんは有名な脳神経外科医であることが判明。その先生の研究サイトを見たら、脊髄と督脈を絡めて論説しておられました。なんと面白い! 過去にどれほどの医師が来院されたか分かりませんが、とてもユニークで有意義な会話が展開します。また思い出したらご紹介します。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。