『医療は国民のために』266 諸悪の根源「保発32号」が廃止されても支給対象は何も変わらなかった
2019.02.25
1091号(2019年2月25日号)、医療は国民のために、
鍼灸療養費の支給対象となる疾病は、ご存じの通り、厚生省保険局長による昭和42年9月18日付の保発第32号通知により、「慢性病であって医師による適当な治療手段のないもの」とされてしまい、また「主として神経痛・リウマチなどであって類症疾患については、これら疾病と同一範ちゅうと認められる疾病(頸腕症候群・五十肩・腰痛症及び頸椎捻挫後遺症等の慢性的な疼痛を主症とする疾患)に限り支給の対象とされている」ことと極めて限定的な枠がはめられてしまっている。鍼灸業界で保険を取り扱う者たちからは、これ以降、保発32号は「諸悪の根源の」と長年忌み嫌われる通知となっている。
それが、昨年5月24日付の料金改定に関する厚労省通知で「保発32号は平成30年10月1日をもって廃止する」と明記された。一部の業界関係者は「医師による適当な治療手段のないもの」をうたった32号が廃止され、療養費の支給対象疾病の見直しが図られることを期待した……のだが、ふたを開けてみれば、この諸悪の根源の「表現」は温存されたままとなった。保発32号は廃止されたにもかかわらず、平成30年6月20日付の厚労省通知で、保発32号通知に由来する「箇所」が支給対象としてそのまま引用されたのだ。
では、そもそもなぜ厚労省は、この保発32号を廃止しなければならなかったのか。その理由は、「医師による適当な治療手段のないもの」という記述以外に、保発32号の中には医師の同意書(口頭同意等)に関する記述があったからだ。平成30年10月の施術分以降、医師の同意に係る取り扱いが大幅に変更され、▽同意書は必ず添付、▽口頭同意は認められない、▽支給可能期間が3カ月→6カ月に延長など、これまでの医師の同意の取り扱いを廃止する必要が出てきた。むしろ、通知発出の重要性は医師の同意書の取り扱い変更であり、支給対象には何の変更もないのである。「医師による適当な治療手段のないもの」はどっちみち今後も継続されるというわけだ。そして、もう一つの疑問として、なぜ「医師による適当な治療手段のないもの」の元通知であった保発32号を廃止しても運用を変更しないのか。それは、これこそが鍼灸の保険対象を6疾患に限定しておく砦であって、保険対象の拡大を認めないとする医師会側に対する国が提供できる「担保」であるからだろう。すなわち、「医師が治せないと白旗降参して、さじを投げたもの」だけが鍼灸の保険対象になるという、いわば″はじめに医師ありき〟の西洋医療優先施策を崩せば医師会側が黙っていないことを、国はよく知っているからなのだ。
「医師による適当な治療手段のないもの」との表現が存在する限り、鍼灸療養費の支給対象が拡大していくことは今後もないに等しい。
【連載執筆者】
上田孝之(うえだ・たかゆき)
全国柔整鍼灸協同組合専務理事、日本保健鍼灸マッサージ柔整協同組合連合会理事長
柔整・あはき業界に転身する前は、厚生労働省で保険局医療課療養専門官や東海北陸厚生局上席社会保険監査指導官等を歴任。柔整師免許保有者であり、施術者団体幹部として行政や保険者と交渉に当たっている。