連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』10 ブラウン氏との会談
2019.02.10
鍼灸が世界の約80カ国で実用に供されているのは、多くの鍼灸師がご存知でしょう。当院でも今までに十数カ国、約50人の在日外国人が来院されています。つい昨秋も、海外ツアーの音楽家が治療に来られました。これほど世界中に広がるとは、昔は想像できませんでした。話はそれますが私が学生時代、外国語学部や英文学科などは花形で、英語を操れることは、社会人のステータスシンボルでした。が、今は様変わりしています。英語を話せるだけではダメで、英語を使って何をするのか、という時代に突入しています。当時、英語が鍼灸の役に立つなどとは思ってもみませんでしたが、今となってはしばしば重宝しています。ちなみに欧米、特に北米では生殖医療の中に鍼灸が組み込まれていることが普通になりつつあります。米国で不妊治療を受けておられた方が来院された時には、紹介状に経穴が全てWHOの統一番号で書かれており、その患者さんから「この経穴を主体に治療して欲しい」と言われました。
さてこれも昨秋のこと、東京のアキュラ鍼灸院の徐大兼先生(一般社団法人JISRAM事務局長)から、海外の研究者がディスカッションを希望しているとの連絡が入りました。彼、ローン・ブラウン氏は、カナダ最大級の生殖医療施設で鍼灸とレーザーを融合させた治療の研究者でした。徐先生に私の学会発表の英語抄録を先方に送ってもらったところ、内容が同じく鍼灸・レーザー併用療法だったので是非とも話し合おう、となったのです。このお知らせが届いたのが11月上旬。そして同時通訳を買って出てくれた徐先生を含めた3人で、12月19日の朝6時からネットでディスカッションをすることになりました。さて、ここからが大変。まず、鍼灸・レーザー併用療法がどのような検証を経て有意差を得たのか、そのプロトコル。そしてそのプロトコルを採用するに至った経緯、根拠となる論文や研究について話すことになりました。約1カ月間、まずは英語力のブラッシュアップに努め、ディスカッションの10日前頃に、上記の内容を全て英語で一気に書き起こしました。時間にして約1時間、A4用紙にして約6㌻に及びました。それを徐先生に見せたところ、「文法的にはまぁまぁ。でもくどい!」と。仕方ないですよね。私のスキルは、しょせん受験英語です。結果、すごい数の添削を経て完成。それをリハーサルよろしく読んでみたところ、約20分間かかりました。「f」「v」「th」「r」など、日頃、日本語では使わない発音が英語にはたくさんあります。まるで口周りの筋トレでした。ブラウン氏とのディスカッションでは、まず前述の内容を説明し、彼の治療法も説明してもらいました。彼の治療法には私には無いもの、もっと緻密なものなどがあり、1時間あまりでしたが、とても参考になりました。今、その効果を観察しているところです。
不妊鍼灸では、患者さんを誘引するためなのか「独自」「唯一」「秘伝」などを謳うところがたくさんあります。まるでラーメン屋さんの出汁やうなぎ屋さんのタレのような秘伝や独自は、医学や医療において何の意味があるのでしょう。本当に子供を望む方々を思うなら、有効だと確信を得ている方法は学会などで広く公開されるべきです。医療はそうして進歩していくのではないでしょうか。ある医師曰く「独自」「唯一」はもはや医療ではないと。こういう風潮が、生殖鍼灸を他の医療従事者から遠ざけていると言っても間違いではありません。ブラウン氏のように有数の医療施設で世界的に研究活動をしている人とディスカッションすると、日本の(生殖)鍼灸の現状が、どうしても奇異に見えてきます。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。




