『医療は国民のために』265 1年を超えた柔整療養費の申請を“慢性疾患”で返戻する保険者の考えは妥当か?
2019.02.10
1090号(2019年2月10日号)、医療は国民のために、
捻挫や打撲の療養費申請において、柔整師がその損傷の状態を「慢性に至っていないもの」と判断しているにもかかわらず、柔整施術が長期にわたっているとの点のみを捉え、「慢性疾患だ」と返戻を繰り返す保険者がいる。果たしてこの保険者業務が妥当なのか疑問を強く感じる。
まず、捻挫は「関節周辺の靭帯や関節包が損傷すること」と定義され、扱われてきたが、近年は画像機器を用いた確定診断能力の向上によって、関節軟骨、関節部を通過する筋・腱の損傷などが明らかになっており、「捻挫」という包括的な用語でとらえるのではなく、「関節構成組織の損傷」として対処するようになっている。そのため、単に「捻挫」と傷病名として確定されていても、病態には組織損傷により重症度も異なってくる。つまり、重症度が異なることで施術方法が異なるのは必然で、軽症なら症状の改善も短期間で完了するだろうし、重症であれば長期にわたることもある。また、教科書や医学書(整形外科学系)でも、捻挫や挫傷の保存療法の限界や固定期間は示されていても、全治するまでの期間は記されていない。さらに、患者個々の年齢や体形、体力、栄養状態等も異なるし、個体の状態が似かよっていても、業務環境や生活環境の違いで回復に差が生じてくるのが実態だ。柔整師が扱う外傷の捻挫では、一般的な治癒までの期間をあくまで一般症例から想定されているが、これは机上の理論である。
頸椎捻挫を例に挙げると、頸椎部における僧帽筋上部が損傷した場合、その広い筋の中部や下部の起始停止部で僧帽筋上部を支持できるので、損傷した僧帽筋上部の安静を保つことも可能であるが、頸椎部深部における範囲が狭く短い筋である板状筋や頭半棘筋、頸半棘筋などが損傷した場合に該当するのであれば、頸部の屈曲運動でそれらの筋へ伸張ストレスが加わるのだ。ちなみに、日常生活で頸部屈曲運動は非常に多い動作といえ、現在の医療提供現場サイドは患者のQOLの質を下げないよう考慮する必要も出ている。膝関節にしても、十字靭帯の完全断裂でなければ保存療法を選択するが、靭帯損傷のために関節に不安定性を抱えながらの施術では関節内での歪んだ運動が発生し、関節内(軟骨、滑膜など)に牽引力や圧迫力が常に発生する状況を除去しながら患部へ施術を行い、自然治癒力を最大限に発揮できる環境を構築していくことになる。本来であれば強固な固定下で、関節内に牽引力や圧迫力が発生しない施術を行うのが理想であるが、それではQOLの質を下げるため、患者の意見も取り入れ、強固な固定を行わずに施術をすることになるということだ。
関節の構成組織損傷により不安定性を有していると日常動作における屈曲伸展時や不意な動作での内転や外転で関節にストレスが生じ、再受傷しなくても軟骨や滑膜に炎症が生じる場合もある。これらが長期にわたり症状を残存させる要因となっていると考えられ、単に施術期間が1年を超えたからといって、慢性疾患を理由に返戻するのは問題があるといえる。
【連載執筆者】
上田孝之(うえだ・たかゆき)
全国柔整鍼灸協同組合専務理事、日本保健鍼灸マッサージ柔整協同組合連合会理事長
柔整・あはき業界に転身する前は、厚生労働省で保険局医療課療養専門官や東海北陸厚生局上席社会保険監査指導官等を歴任。柔整師免許保有者であり、施術者団体幹部として行政や保険者と交渉に当たっている。