連載『未来の鍼灸師のために今やるべきこと』22 全国養生場構想~地方から医療を変える~
2018.11.10
1084号(2018年11月10日号)、未来の鍼灸師のために今やるべきこと、
現在、日本の医療は、大きく分けて三つの大きな原因により医療構造を根底から考え直さなければならない時期に来ています。その原因とは、①医療費の高騰、②AIなどのテクノロジーの進歩、③人口減少による人材不足です。①に対しては医療費の抑制と健診などの予防医療の充実、③に対しては外国人労働者の確保などが積極的に進められています。一方で、社会を取り巻く現状をみると、人口減少に伴う地方の衰退化、高齢者の雇用問題、経済活動の低迷、農林水産業などの一次産業の弱体化、など課題は数多く、その対策として地方創生や一億総活躍、海外の観光客を増やす観光立国化など、本邦は生まれ変わろうとしています。医療を考えるに当たって、医療財源は切り離せない問題であり、社会全体の構造を考えた上で対策を考える必要があります。そこで我々がこれらの問題解決に応用しているのが「養生場構想」です。
過疎化・高齢化が進む地域を中心として、自然や伝統文化、生活習慣を健康と関連付けてコンテンツ化し、そこに住む高齢者を主体に健康に関する伝統習慣を教えてもらうことで、「医療」に「地方」と「高齢者」を掛け合わせ、医療・地方創生・高齢者問題という三つの社会問題を解決する。そして、そのコンテンツを地域の人だけではなく、都会や海外の人々に活用してもらうメディカルツーリズムを加えることで「観光」を掛け合わせ、経済問題を解決することが可能です。
さらに、このシステムを持続可能なものとして継続するために、参加者として、または講師としてこれらの活動に参加してもらうたびに、その活動内容に応じた健康ポイントを付与し、それらのポイントに応じて健康に関連する商品や治療に還元できるという、「健康仮想通貨」の実現に向けた社会実験を、まだまだ小規模ではありますが開始しています。「医療」という単独の問題を「地方×高齢者」という社会の問題につなげ、「観光×経済」で社会の新たな流れを組み込むだけではなく、さらに、社会の流れを変える試みです。このような試みは決して新しいことではなく、従来鍼灸業界が行ってきた研究を社会視点に変えただけの社会実験のようなものです。一つひとつの取り組み(従来の研究で言えば、実験や症例です)から利点や問題点を抽出し、その結果を踏まえた形で「養生場構想」のような大規模な社会実験(同じく、RCT研究)を行ったり、それぞれの結果をまとめて新たな社会構造を作り上げる(同じくシステマティックレビュー)という思考です。そういった意味で、今後の鍼灸業界が医療の中に生き残っていくためには、「養生場構想」のように研究実験を繰り返すことでデータを積み重ね、そのデータを基に新しいシステムを構築するという、社会研究の視点が必要不可欠でしょう。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長
鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。