連載『食養生の物語』71 海苔と環境
2019.04.25
前回、海外でも人気の高まる巻き寿司と、海苔を内側に巻く「裏巻き」について触れました。欧米では黒いもので巻かれた姿がグロテスクだからと嫌われたり、ラッピングの“黒い紙”と勘違いされたり……けれど日本人にとって、おにぎり、ご飯のお供として欠かせないのが海苔です。
海苔は、奈良時代の書物に登場するほど古くから食されてきました。江戸時代には養殖が始まり、和紙の製紙技術を応用して現在の形に近い板海苔が作られていました。ただ、まだ生態がハッキリしておらず、生産は不安定であったようです。戦後になって、海苔の糸状体の発見をきっかけに海苔のライフサイクルが解明され、人工採苗が実用化されたことで養殖が拡大していきました。それでも養殖中の海苔に病気が発生したりと、生産量はまだ不安定でした。そこで、「酸処理」という方法が広まったのが昭和60年頃。海苔の胞子が付着した網を酸処理剤(主にクエン酸・コハク酸などの酸性液)に浸し、病原菌を殺菌して再び海に戻す作業を繰り返す手法です。海苔の病気を予防する意味で「海苔の農薬」とも言われ、生産量も品質も安定して向上するようになりました。こうして生産量が一気に増えたのと時を同じくして、コンビニのおにぎりが広がっていきます。もう少し後、節分の「恵方巻き」をコンビニが仕掛け、全国に広がったこともあり、海苔の消費量は一気に増えていきました。まさに需要と供給のバランスですね。
ところで酸処理に関連して、数年前、国内の海苔の生産量第一位である佐賀県で、漁業関係者が国を相手に訴訟を起こしました。有明海で続く魚介類の不漁は海苔の養殖で使われる殺菌用の酸処理剤が原因だとして、これを禁止しない国を訴えたのです。有明海といえば諫早湾の干拓事業による漁業被害が大きく、海苔の養殖も打撃を受けていたのですが、拡大する不漁の中で海苔養殖業者と他の漁業者との紛争にまで発展したようです。一方、生産量第二位の兵庫県では、主産地である播磨灘に流れ込む一級河川・加古川に大堰が出来てから、海苔の生育不良が起こるようになり、色落ちなどの被害が出ています。瀬戸内海で水質浄化を進めた結果、海水中のミネラル分が不足し栄養分が乏しくなったことも一因だと指摘されているほか、瀬戸内の春の風物詩であるイカナゴの不漁にも影響しているとの声もあります。いずれのケースも、人間の都合による殺菌は生態系のバランスを崩してしまうこと、環境整備が環境破壊につながることがあると教えてくれている気がします。
海苔に含まれる多糖類を分解する酵素を日本人の多くは持っていますが、欧米人は持たないことが分かってきています。体内環境が、外なる自然環境の影響を受ける好例でしょう。行き過ぎた清潔志向、殺菌剤や抗生剤の多用などで、体内環境まで壊してしまうことのないようにしたいものです。
【連載執筆者】
西下圭一(にしした・けいいち)
圭鍼灸院(兵庫県明石市)院長
鍼灸師
半世紀以上マクロビオティックの普及を続ける正食協会で自然医術講座の講師を務める。



