連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』7 ノーベル賞と免疫と妊娠
2018.11.10
10月、京都大学の本庶佑氏がノーベル生理学・医学賞を受賞されましたね。業績はPD-1の発見によるガンの新たな治療法開拓(免疫療法)でした。私は以前より「クラススイッチ」の研究だけでもノーベル賞だと思っていたので、このニュースを「やっと!?」という思いで受け止めました。抗体が多種の抗原に対応するための遺伝子再編成を発見したのも、同じく日本人の利根川進氏(1987年同生・医賞)です。抗体は2人の日本人によって、一気に解明が進んだと言えます。
生殖も免疫も進歩と変化の激しい領域です。そして生殖の仕組みを知る上で免疫の理解は重要です。免疫学は、メチニコフ(1908年同生・医賞)による食細胞の発見をその夜明けとして、急速に進歩を遂げました。ずっと前、MHCについて大阪大学大学院で免疫を研究していた友人に質問したのですが、「素人が手を出すな」と言われました。おそらく私の聞きかじったような知識による稚拙な質問が、彼女をいらつかせたようです。発奮した私は、徹底的に免疫学に浸りました。みなさんも、前述の言葉で分からないものがありましたら是非とも調べてみて下さい。ところで、先日ある鍼灸師さんに「ある日突然、花粉症になったかと思うくらいくしゃみと鼻水が止まらなくなり、2、3日続いたけど、その後すぐに治ったみたい」と言ったところ、彼は「それは免疫で抗体ができたから、すぐに症状が沈静したのでは?」と答えました。彼はいくつかの点で根本的に間違っています。何が間違っているのかお分かりになりますか。本庶氏は記者会見で「疑うこと」の大切さを語られました。自分の目で確かめなさいと。『サイエンス』や『ネイチャー』の論文ですら、十年も経つと評価が変わってしまうと。
「妊娠は天賦の移植である」とは誰の言葉だったでしょうか。自分の細胞(自己)とは異なる細胞(非自己)を自然に受け入れるのは、子宮でしか起こり得ない現象です。例えば生体肝移植の場合、親からの肝臓でも生着させるのに大量の免疫抑制剤が必要になります。しかし、妊娠では血縁関係も無いDNAの入った受精卵を受け入れます。卵子提供ともなれば精子も卵子も完全な非自己ですが、それでも子宮は受け入れるのです。このように非自己に排除が働かないことを「免疫学的寛容」と言います。もし相手が敵であれば、働く免疫は正常の生体防御です。敵ではないものに働く場合をアレルギーと言い、何に対しても働かない状態をアネルギーと呼びます。しかし敵であるかどうかをどうやって識別しているのでしょう。子宮はどうして毎度入ってくる精子で炎症を起こさないのでしょうか。いずれの問いにも、たくさんの解説を必要とします。臓器移植の免疫学的寛容を研究したメダワー(1960年同生・医賞)は妊娠についても研究し、子宮の寛容について「子宮は免疫学的特区である」といった、いくつかの仮説を提唱しました。しかしそれらはその後、全て否定されました。ノーベル賞受賞者ですらこうなのです。それでも時代は進み、真実が一つずつ明らかになっています。
いずれノーベル賞を取ると私が確信するのは、免疫の攻撃役に対して抑止役となる制御性T細胞を発見し、存在を証明された大阪大学の坂口志文氏です。彼の研究は、異物である受精卵を子宮はなぜ受け入れるのか、という疑問に端を発しています。なお、鍼と生殖機能の研究者・内田さえ氏らが在籍している東京都健康長寿医療センター研究所には、坂口氏も過去に免疫病理部門長として在籍されていました。今年の化学賞を受賞したのは、これも抗体医薬である抗リウマチ薬のヒュミラを開発したジョージ・スミス氏です。実はヒュミラは、不妊治療への応用が模索されています。このように医学はいろんな領域が複雑密接に関わっており、そしてその関わりは深遠広大です。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。