連載『汗とウンコとオシッコと…』169 伸ばして……
2018.09.10
今年は台風の上陸が多い。暑さの合間の夕立に代わるように、10日くらい開けて台風がやってくる……。記憶の中にないサイクルだ。空は高く、秋の薄雲が流れているようだが、日中は蝉が鳴き、夜は秋の虫声がする夏の挾雑。こんな時は、夏の不養生の咳の病が多いのが通例だが、これもウイルス性の病が流行ったのは8月前半で、古典の記載とはかなり隔たりがある。台風の連続到来で気圧が下がり、脈管は弛緩した結果、交感神経優位となり火象と木象を強く訴える人と、気圧の低下で緩んで関節が痛む人と、脈管が緩むことで楽になる人との三様式が見受けられる……。
「先生、股関節が痛くて……。ちょっと長く座ると、立ち上がる時に中の方が痛むんです。どこがとはっきりとは言えないんですが……歩いていても何か響く感じで……」
56歳、やせ型で色の白い、神経質そうなセレブママが来院していた。子供も手を離れ、悠々自適で日常を楽しんでいる、経済的に余裕のある方だ。通常、この手のタイプはバカになり切れる川端に任せるのだが、今回は少し荷が重いと判断して、横転先生が出張っている。彼女の頭の回転の速さに、川端では追い付けないと考えたからだ……。
「それで、痛みは何にもせんでも出てきたんかい?」
「ジムで開脚して股関節を伸ばす運動を一カ月前にしてから、ずっとなんです。痛む響きがとっても不快で……整形外科も行ったんですが、全然変わらないどころかどんどんひどくなる感じで」
「最近、その手の股関節の異常が多いなぁ……。白川、何かメディアで取り上げられたんか?」
「何か女性誌で取り上げられたそうですよ。実際、無理をされて発症している方も多いとか……」
「なるほどなあ……」
淡々と答える白川女史に相槌を打ちながら、膝を曲げさせ、股関節を何やら回転させて、横転先生が確かめている。
「白川、ちょっと彼女の腸骨陵を足の方向に向けて押してくれ」
と横転先生が言う。白川が腸骨陵を押さえた途端、横転先生は足底の一部分を押さえたまま、股関節に衝撃を加えた。
「立って歩いてごらん。マシだから」
「えっ? やだ。響きがありませんわ」
驚くセレブママ。
「股関節が少しだけ歪になってた。筋力が無いのに伸ばしすぎた結果やな……元々、つま先立ちが長くは出来ないようなゆるゆるの筋力で、変にストレッチをかけすぎたから、衝撃が全部股関節に逃げたんや。筋持久力もないのに、ジムで付きもせんのに筋トレばっかりのウエイトが多すぎる。有酸素運動不足と……あとは、スイーツの摂りすぎと台風の影響やな。ゆるゆる関節にゆるゆる筋力で伸ばしすぎてちょっとズレてただけや。今から引き締めるように持っていくから、これで矯正したんは持続するやろうけど……スイーツ食べたら元に戻るぞ」
「スイーツ、駄目なんですか?」
当然とばかりに頷く横転先生に、ため息をつくセレブママ。
「苦手な有酸素運動と、好きなスイーツか……」
「スイーツを摂ると増えるインシュリンは、関節緩ますリラキシンと構造がよく似てるからな」
【連載執筆者】
割石務文(わりいし・つとむ)
有限会社ビーウェル
鍼灸師
近畿大学商経学部経営学科卒。現在世界初、鍼灸治療と酵素風呂をマッチングさせた治療法を実践中。そのほか勉強会主宰、臨床指導。著書に『ハイブリッド難経』(六然社)。