連載『医療再考』5 健康情報をどのように活用するか? ~PHRによる健康の未来~
2019.07.10
個人の健康に関する情報は医療機関や健診実施機関、教育機関、スポーツジムや家庭など、様々なところにあふれています。これらはそれぞれの目的に応じて記録されたものであるため、記録内容や形式はばらばらですが、個人の健康に関する情報であることに違いはありません。これらのデータをICT環境を活用して一つにまとめることができれば、小さい頃の身体の情報から、日々の生活習慣、病気のデータまでが一つにつながり、健康管理が円滑になります。そうした健康情報の収集と管理を、自己責任の下で、個人が主体となって行うのが、パーソナルヘルスレコード(PHR:Personal Health Record)です。
PHRとして集められる情報は、身長・体重・年齢などの基本情報から、バイタル(脈拍、呼吸、血圧、体温など)などの身体情報、普段の運動や食事、趣味嗜好などの生活習慣情報、健康診断や検診などの健康情報、病気に関する医療情報など多岐にわたります。本邦では、将来的に、個人の健康・医療・介護データをEHR(Electrical Health Record)等から本人に還元し、PHRとしてデータを管理・流通・活用させることで、本人の望む健康サービスを受けられるようにするプラットフォームの形成が進んでいます。これらの情報が利用可能になると、救急時に迅速な対応が可能となるとともに、診療や検査の重複、薬の二重投与や過剰投与も避けられ、医療費の削減につながると考えられています。また、情報が他の情報と共有化されることで医療連携が加速し、医療関係者以外(介護福祉士やパーソナルトレーナー、養護教諭など)との連携が深まるでしょう。さらに近年ではウエアラブルデバイスの進化とともに生活情報(生活ログ)を低価格で容易に記録・収集できるようになったことから、これらの情報を利用して医療以外の業種との連携も進み、健康でいるために生活そのものを管理するIоE(Internet of Everything)が可能になります。海外では既に、糖尿病患者のPHRを基に電子マネーとリンクし、血糖状態が悪い時にはファストフードやお菓子などが電子決済できないようにするといった仕組みが実現しているのです。近年急速にスマホ決済の普及が進む本邦でも、同様のシステムによる医療費削減が可能かもしれません。
PHRの目的の一つは健康の可視化にあります。PHRは特別なものではなく、「自分の健康は自分で管理する」というごく当たり前の視点なのです。自分の健康状態が分かれば自ずと健康への意識が高まり、その意識が病気の予防や治療の支援、ひいては医療費削減や健康寿命の延伸につながります。これからの健康・医療サービスがPHRというプラットフォーム上で実装されていくことは明らかです。我々鍼灸師や柔整師は、これらの情報をどのように活用していくのかを考え、同時に我々自身が持つ東洋医学的なデータをPHRとして保有し、活用する仕組みを作ることが、今後の健康や医療の担い手として在り続けるために不可欠です。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長
鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。