連載『不妊鍼灸は一日にして成らず』17 俯瞰雑感
2019.09.10
私が鍼灸師歴5年目で開業した30年前、インターネットは普及しておらず、患者さんの来院理由は何と言っても「紹介」でした。しかしそれもたまにあるくらいで、「1日数人」状態が10年も続きました。「最初は大変だった」と言うと、今の当院を見た人は「考えられない。信じられない」と言います。ですが、当時は少ないながらもその愁訴は多岐に渡り、駆け出し鍼灸師が様々な疾患や治療法を学習するのには適した患者数で、今から思えば地力を付ける時期だったのです。だから若い鍼灸師は、焦ることなく力を蓄えて欲しいと思います。当院では従業員に、「努力のベクトル、『方向と大きさ』さえ間違えなければ必ず院は繁栄する」と説いています。時代は変わり、今やネットで患者さんを誘引する院はたくさんありますが、実力不足のまま患者さんを集めるとどうなるでしょう。治療の中断者は増えて、皆アンチ鍼灸になっていきます。新患はたくさん来るのに、いつまでも広告、ネット対策、果ては口コミ集めに四苦八苦することになります。月に数十万円もかけている院もあるそうです。転院して来られたある患者さんの話。初回、院長に口コミ投稿を指示され、その患者さんは強く断って二度と行かなかったそうです。口コミを書くと商品や割引券がもらえるところもあるとか。他業種ならいざ知らず、医療の世界で、これでいいのでしょうか。先日のあおり運転の事件で、ネット上で誤って犯人扱いされ実名まで晒された一般女性がいて、彼女の弁護士は虚偽情報を書き込んだ人、拡散した人たちを突き止めると言っていました。ネット上の発言や行為には、時に責任が伴うのです。ならば、患者さんに口コミを強要するのは際どいやり方ではないでしょうか。少なくとも私はそう思います。当院に来られた何人かは「口コミが多すぎるところは信用できない」と断言されました。あまりに凝ったHP作りやSEO対策をしていると「そんなことにお金をかけている院は信用できない」とも言い、他にも、検索で「広告」と出るところには行かないとか。残念ながら、この声はそういった院へは届かないのです。今こそ、ネットとの関わり方を再考しなければならない時期に来ているのではないでしょうか。私たちの経済規模で他の業種が支払うような広告費を出せば、即経営を圧迫するか治療費の値上げにつながるでしょう。当院で不妊に関して言えば、他の鍼灸院から転院してきた患者さんは、近畿一円から約200人。患者さんが去るような院はことごとく上述したような負のスパイラルにはまっているようですが、施術の質の向上とは乖離していると思います。
最後に当院の状況をご紹介しましょう。13年前、京都市内からさらに中心部の四条烏丸に新築移転し、ローン返済中。鍼灸単独の法人(株式会社)で、社会保険、厚生年金、労災・雇用保険完備。常勤5人、非常勤5人。広告宣伝は自己管理のHPのみで、口コミ集めやインスタ、ツイッターは無し。ブログはさぼり気味、サイト更新はめったにしない。紹介サイト登録は鍼灸師会のみ。過去新患数4,500人で、うち不妊新患は3割以下。紹介来院は約3分の1。月間述べ患者数600人以上でベッド2台。治療費5,600円で保険適用無し。当院より患者さんが多いところもたくさんあるでしょう。しかしベッド2台では限界と思います。これに分院と医療施設での施術などが加わります。私は、先輩鍼灸師の「いつまでも広告するようなみっともないことはするな」との言葉がいまだに耳に残っています。若い世代は、どんな未来像を描きますか? 見学をご希望でしたらメールでお問い合わせください。
【連載執筆者】
中村一徳(なかむら・かずのり)
京都なかむら第二針療所、滋賀栗東鍼灸整骨院・鍼灸部門総院長
一般社団法人JISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)代表理事
鍼灸師
法学部と鍼灸科の同時在籍で鍼灸師に。生殖鍼灸の臨床研究で有意差を証明。香川厚仁病院生殖医療部門鍼灸ルーム長。鍼灸SL研究会所属。