第32回日本刺絡学会学術大会が9月29日にタワーホール船堀(東京都江戸川区)で開催された。テーマは『刺絡鍼法の可能性-こんなときは刺絡だよね?』。
故・工藤訓正氏の足跡振り返り刺絡の原点を考える
会頭講演では、工藤哲也氏(鍼灸和揚堂院長)が『刺絡の原点』をテーマに、刺絡治療に力を尽くした叔父の故・工藤訓正氏について語った。医師であった訓正氏が刺絡の効果を確信したのは第2次世界大戦に遡る。現在のベトナムの野戦病院で流行したマラリアに井穴刺絡が多大な効果を発揮し「刺絡をした患者で死亡した人はいない」と話すほどだったという。
帰国後は脳卒中の患者を多く診る中で予防を突き詰めるようなり、頚・肩のこりの解消にたどり着いた。「頚肩の凝りは、真綿で頚を絞め血液を下がらなくするようなもの」と工藤氏は伝え、局所のみでなく頚・肩も合わせて治療し、全身のバランスを整えれば自然治癒力も高められると説いた。
また、工藤氏は「刺絡は補瀉や気を整えると考えるのは違和感がある」とも強調。血液の滞りを取り除くアプローチを直接施す荒治療の類であり、この後に鍼灸の治療をすれば効果的だと話した。生前に訓正氏が背部を吸玉と灸頭鍼で治療する画像も公開された。
「こんなときは刺絡だよね?」という場面を共有。実践のための課題も
シンポジウム『刺絡鍼法の可能性』では石木寛人氏(国立がん研究センター中央病院緩和医療科)、堀口葉子氏(同病院緩和医療科)、原オサム氏(積聚会)、小栗重統氏(啓愛会美希病院)、上馬塲和夫氏(日本アーユルヴェーダ協会)、工藤哲也氏が討論を行った。座長は関信之氏(関墨荘堂鍼灸治療院)。
関氏が刺絡の効いた例を尋ねると、工藤氏は「鍼だけで難しい場合に刺絡は効果的」と治療の可能性が広がる旨を伝え、上馬塲氏も中国では鍼灸に推拿など何かを組み合わせて治療するのがポピュラーだと話し、カッピングを利用して筋膜をリリースする「スライディングカップ」という手法を紹介。法に触れない範囲で東洋医学を広く活用し患者を診る必要性を語った。小栗氏は座骨神経痛への有効性を実感していると話した。
原氏は気と陰陽観で身体を診る中で、手術痕を含む外傷は通過障害が多く「傷を治すため様々なものが停滞する」と説明した。また主訴に捉われず、「生命力の低下」の原因を改善する必要性を強調した。
石木氏は、がん患者の重度はグレード1から5までで評価されるが、比較的軽度とされるグレード1では痛みや食欲の問題を抱えながら日常を送らなければいけないという現状があるという。関氏が「がんが鍼灸で悪化することはあるか?」と問うと、石木氏は「一本の鍼で複数刺したところ、刺鍼箇所に沿いがんの発生がみられたとの発表や、手技療法においてリンパ節をしこりと見誤りつぶして拡散したとの報告があった」と回答、病変への刺鍼による拡散リスクや見極めの難しさを指摘した。
関氏が「血行改善による悪化の可能性」を問うと、堀口氏は「可能性はあるが、抗がん剤を早く排出し、生命力を上げる効果も期待できる。患者さんには気分が良くなるのは体にいいこと、と話している」といい、上馬塲氏は「免疫学の視点からは、メンタルが免疫機能に影響すると分かってきている」と話した。
会場から「刺絡が業界でアンタッチャブルなものと扱われる傾向について打開策は?」との質問が上がると、工藤氏は「そもそも三稜鍼は我々のアイテムだと認識すべき。問題を起こさないための対策が学会の使命で、講習会において感染防止から手法まで認定制度を設け指導している。学校で正確に教育してもらう努力も我々の仕事である」と述べた。原氏は「養成校での指導において学生は刺絡に大変興味があると感じる。過去の事件の経過やトラブルも話し、適切に教えなければいけない」と訴えた。
小栗氏は「毫鍼と比べると交絡因子を排除しやすく、有意差を確認しやすい」と標準化への希望をにじませ、石木氏は診療報酬の委員を務めた経験から「厚労省に響くのは医療費が減るということ。回数や時間のデータ化で可視化して示せば、標準化の可能性が高まる」とアドバイスした。
刺絡を指導できる教員を育てる
日本刺絡学会会長の清水尚道氏(森ノ宮医療学園専門学校校長)は「学校教育において刺絡の指導は、まだ段階を踏む必要があるが、新しい東洋医学臨床論に刺絡は記載されることとなった。教員が刺絡をできるよう、当会では教員向けの基礎講習会を無料で行っている。学校教育の進め方についても地道にまとめている」と話し、会場にも協力を呼びかけた。
他にも、王醫仙氏(日本董師奇穴針灸学会主)の講演『董師奇穴・急症絡刺』や一般演題5題が行われた。