鍼灸柔整新聞

東洋医学の未来と愛を考える歴史教養講座オフ会  東洋医学の深い心や歴史を学ぶ

「身心一如」の定義とは?

 9月7日に武田薬品工業内(京都市左京区)で東郷俊宏氏(鍼灸サロンえれじあぷらて~ろ院長)が主催するオンライン講座『東洋医学の未来と愛を考える歴史教養講座(初級編)』のオフ会が開催された。同講座は全10回シリーズで、今回は第7回を終了して初の対面講座となり49名が参加した。

セラピストを対象としたオンライン講座への想い

東郷俊宏氏

東郷俊宏氏

 鍼灸師だけでなく、アロマセラピストなど、100名近くの受講生が集まった「東洋医学の未来と愛を考える歴史教養講座」。なぜこのオンライン講座を始めたのか。講演の冒頭で東郷氏はその理由を、1)国際標準化での経験、2)専門学校での教育の現状の2点を取り上げながら語った。

 東郷氏は2005年からおよそ20年にわたり、WHOやISOにおいて伝統医学の国際標準化に携わった中で、日本は自国の伝統医学の言語化が遅れており、そのことが規格策定時に他国と交渉するうえでも障害になった経験を語った。日本の繊細な鍼灸を他国に理解してもらうためにはそれを的確に表現する「言葉」が必要であり、そのためには東アジアの中で独自の発展を遂げた日本の伝統医学の歴史を深く理解することが大事だという。そして、そのような「言葉」を持つことの重要性を若い鍼灸師や東洋医学に興味を持つセラピストに伝えたいと思ったことが講座を始める大きなきっかけになったと語った。

 また近年、鍼灸学校における学生の男女比が逆転し、アロマやハーブ、アーユルヴェーダ、ヨガなど多様な自然療法、代替医療の知識を持った学生も多い現状から、「これから求められる東洋医学」とは、東アジア医学の影響を受けた世界の伝統医学を含む幅広いものだと語った。東洋医学の特徴としてしばしば言及される「心身一如」についても、「では『身心一如』の定義とは?」と質問を投げかけ、セラピストとして多様な伝統医学を活用するには歴史を学び、バックグラウンドにある「心」を知ることが大切だと講座の意義を伝えた。

会場でのセミナーの様子

近代の日本鍼灸における生理学研究の系譜と矢野教授

 東郷氏は、明治4年の医制発布以降、鍼灸は正統医学の座から追われたものの、石川日出鶴丸(京都大学)や橋田邦彦(東京大学)のような戦前の生理学者達がラングレーやハンス・セリエなど西洋の研究者の学説を参照しつつ鍼灸の治効メカニズムの研究に尽力したことを指摘した。その上で、鍼灸師で初めて医学博士を取得した芹沢勝助を指導したのは、橋田の高弟であった杉靖三郎氏だったこと、また杉靖三郎の子息でやはり電気生理学を専攻した杉晴夫氏のもとで学位を取得したのが矢野忠氏(明治国際医療大学名誉学長)であったことを紹介し、矢野氏に講演を繋いだ。

自律神経研究が鍼灸の信頼獲得の要に

 矢野氏はこれまでの研究者としてのキャリアの中で、鍼刺激が自律神経に与える影響や、東洋医学独自の経脈、経絡、四診など現代生理学的に説明がつかない概念を可視化して説明するため研究を重ねてきたと話した。文明の進歩とともに疾病構造が変化し、ストレス社会となった現代は臓器に不調が現れやすく、「人が病む」という病態が増えているという。そして心身をリンクするのが自律神経だと説明した。

 迷走神経において、耳や足三里の鍼での炎症抑制やニューロモデュレーションによりうつ症状や高血糖を治療する機器も開発されていることを紹介し、「重要な生体システムを司る自律神経の解明が、鍼灸の治効メカニズムに対する信頼性を高めるための課題」と伝えた。また現代は「脳疲労」の時代であり、多様なストレスが脳の旧皮質、新皮質それぞれの失調をもたらし、身体的、精神的な病気に繋がっていることを指摘した。

 さらに肉体、精神的疲労、心因的精神疲労などのストレスによって自律神経中枢が疲労すると、眼窩前頭野において疲労感が自覚されるが、この疲労感は意欲・報酬・やりがいなどによりマスクされる現象が確認されており、このような「疲労感なき疲労」に対して注意を促した。

矢野氏(右)の講演の後半には対談の時間も設けられた

 対談に加わった東郷氏は自身の母親の介護経験を振り返り、「使命感で限界が来るまで疲労感を自覚できず働いてしまう」と伝えた。矢野氏は疲労による経済損失は年間18.9兆円にのぼるという調査結果にふれ、「治癒力を賦活する療法の価値は高まっていく」と語り、東郷氏は「企業人の中には、疲労感を感じないままストレスと疲労をためている人が沢山いる。業界・学会が手を組み、エビデンスを積み上げ事業計画を立てるべき」と訴えた。自然治癒力を、皮膚を通し賦活させるための手によるケアも実演し、肌から心身一如の体にアプローチする「愛」のある療法として実践を呼びかけた。共に研究に励んだ際のエピソードなどユーモアを交えた掛け合いもあり、和やかな雰囲気で講演は幕を閉じた。

「見る・味わう・かぐ・触る・聞く」植物園。武田薬品工業薬用植物園を見学

職員の方がガイドをつとめ園内を散策

気になる植物をつみ、味をみることもできる

 セミナー後は、武田薬品工業薬用植物園見学が行われた。同植物園は昭和8年に医薬品の研究材料としての、薬用植物の基礎研究および生産のため設けられたもので、1,900種の薬用植物、252種の絶滅危惧植物を含む約3千種を保有する。現在は薬用植物の保全、栽培研究、教育研修支援と目的を変え、京都市と連携し社会活動の場としても開放するようになっている。見学は「見る・味わう・かぐ・触る・聞く」ことができ、参加者はガイドの案内のもと、植物をつみ香りや味を確認した。

武田薬品工業薬用植物園の園内

 懇親会も行われ「東洋医学の歴史とは、先人がよかれと思ったことを積み重ねたものだと知った」「一生懸命治療するという、人を心配する気持ちを感じた」など講座の感想や、セラピストとして取り組む活動など様々な話題で盛り上がり、職種を超えたにぎやかな交流の場となった。

 

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