ここ数年の情報通信技術(ICT)の進化には目を見張るものがあります。コンピューターの性能や速度は年々向上し、価格は下がり、身近なものになっています。またインターネットの活用によって生活は一変し、ICTの恩恵は生活の隅々まで及んでいます。新型コロナウイルスの蔓延により、コミュニケーションの在り方から価値観に至るまで変容を迫られたこともあり、ICTは生活に欠かせない存在になりました。それは、健康・医療の分野でも同じであり、健康管理から診察技術に至るまで、様々なところにICTが応用され、実装されつつあります。そこで今回からは、ICTの進化と健康・医療の関係について考えたいと思います。
近年、特に注目されているのが5G(第5世代移動通信システム)技術です。特徴は多接続・高速大容量・低遅延の三つで、同時にたくさんの情報をリアルタイムで記録することが可能となります。そのため血圧計や万歩計、体重計などのデバイスからの情報を同時に記録・収集・分析し、様々な臨床応用ができるようになりました。近年急速に普及している腕時計式のウエアラブルデバイスでは、歩行数はもちろん心拍数やそこから導かれるストレス、疲労点数、睡眠状態など様々な解析が行えます。記録できる項目も日々進化し続けており、海外では体温や血中のヘモグロビンa1c値、血糖値まで測定が可能です。また、腕時計式に限らず、衣服や靴の中にセンサーを組み込んだり、顔認証や指紋認証などと組み合わせて生体情報を測定する技術も進歩しています。そうなると、高齢者や慢性疾患を対象とした場合、治療室での診察で得られる一時点の生体情報よりも、日頃の生体情報(生活ログ)の方が日常を反映している可能性が高く、診察で重視されるようになります。そして5G技術を活用して多くの世代のたくさんのデータをリアルタイムで集められれば、医療情報と様々なデータを掛け合わせて解析することで病気を予測し最適な治療を行うことが簡単にできるようになるのです。さらに、5Gは大容量のデータを低遅延で集められることから、オンライン診療や遠隔地での診察の補助のほか、遠隔地での手術にも応用可能です。
医療分野での5G技術活用が進む中、鍼灸の情報のほとんどは電子化されていません。仮に電子カルテなどで一部電子化されていても、現在市販されている電子カルテでは医療情報や生活ログにアクセスできないので、診察の補助や病態予測には活用できません。どのような生体情報を集め、病態予測や診断に貢献するのか、そしてその情報から医療・健康の中の鍼灸治療の立ち位置をどのように確立していくのかなど、医療・健康を取り巻く情報コミュニティーでは待ったなしの状態なのです。そのために、我々は東洋医学的な生活情報を記録できるアプリを独自に開発するとともに、生活情報と連動した電子カルテの開発を進めており、生体情報から病態を予測できるシステムを今年度中に低価格で提供できるように準備しています。
【連載執筆者】
伊藤和憲(いとう・かずのり)
明治国際医療大学鍼灸学部長
鍼灸師
2002年に明治鍼灸大学大学院博士課程を修了後、同大学鍼灸学部で准教授などのほか、大阪大学医学部生体機能補完医学講座特任助手、University of Toronto,Research Fellowを経て現職。専門領域は筋骨格系の痛みに対する鍼灸治療で、「痛みの専門家」として知られ、多くの論文を発表する一方、近年は予防中心の新たな医療体系の構築を目指し活動を続けている。