私はこの11月で81歳になりました。これからは今の健康を保ちながら、はり治療師・手技療法師として人様のお役に立ちたい、八十路の一日一日を大切に有益に過ごしたいと願っています。ここで、私の来し方を振り返ってみたいと思います。

昭和10年 緑内障で生まれる
昭和19年 小学校3年の半ばに視力低下で退学。治療のかいもなく失明
昭和25年 按摩見習いとして師匠宅に住み込む。15歳で按摩術を習得
昭和26年 義務教育を受け直すために兵庫県立盲学校へ編入。寮生活を始める
昭和31年 大阪市立盲学校の理療科に進み、自宅通学を始める
昭和34年 按摩師の資格取得。同年、東京都世田谷区の平方鍼科学研究会の夏季講習会受講。会員になる
昭和36年 はり師、きゅう師免許取得。同年兵庫県尼崎市東園田町で治療所開設。町会報に健康情報「小児かんむしの話し」、「マッサージの効用」、「肩こりの話し」などを投稿
昭和45年 手回し式のディプロ印刷機を10万円で購入。大阪万博が開幕した3月、健康便り第1号、「日本人に多い胃の病気」を発行
平成7年 阪神淡路大震災の翌月2月まで25年、300号を発行。一時中断
平成12年 1月から鍼灸柔整新聞(旧・鍼灸マッサージ新聞)に「はり治療室の窓から」の連載開始
平成28年 204回の今回、17年間の連載を終了させていただきます

 最後になりましたが、小欄をご愛読いただきました皆様! 編集部スタッフの皆様! 本当にありがとうございました!

 私の開業当時も半世紀過ぎた今も、鍼といえば痛みを取ったり、こりやこわばりをほぐす治療だと思われています。東洋医学に理解のある医学者でもその程度の認識しかなく、マスコミがそれをそのまま伝えるため、一般の理解もそのようになっています。さらに残念なことに、多くの鍼灸師もその程度にしか考えていないのです。鍼にはもっと広く多くの応用の場があります。

 現代医学にはさまざまな分野がありますが、大別すると次の4つになります。
1.基礎医学――解剖・生理・病理学など人体の構造・働き・病状の観察と研究。
2.予防医学――公衆衛生、感染病の予防、栄養や食品の管理・研究。保健所業務として広く実践されています。
3.臨床医学――診断学と治療学があります。今日、診断技術も治療法も目覚ましく進歩・発展し、高度医療には目を見張るものがあります。
4.リハビリテーション医学――外傷や病気治療後の後遺症状や障害を回復させたり、失った身体機能を訓練や補助具で補います。

 さて、鍼治療は、予防面・治療面・後遺症改善のリハビリ面でも十分効果を発揮します。私の治療記録はそのことを物語っています。開業当初から思い、今も思い続けていることは、現代医療に鍼治療や手技療法を併用すれば、病人の苦痛を和らげて回復を早めることができるということです。また、いろいろな後遺症状の改善を図り、健康生活を取り戻す手助けもできるのです。

 東洋医学は「未病を治す」ことが根本であると教えています。日々の慎みは養生の始まり、日ごとの体の疲れを取り、心にストレスを残さないように心掛けましょう。

 私たちの体は、湯あたりや鍼あたり、マッサージの揉みおこしなど、期待はずれの反応を起こす場合があります。これは過剰な刺激や不適当な刺激に対して体が現す反応です。一般に良い刺激には良い反応が現われ、不愉快な刺激や過度な刺激には過剰な反応を現すのが私たちの体であり心です。私たちの体のどこにでも起こる、ありふれた病気は炎症です。皮膚や粘膜、血管や神経など、すべての臓器に起こります。これを鎮めるには適切な薬を使ったり、適量な鍼灸刺激を与えたりします。つまり治療とは、良い反応を期待して行う行為なのです。

 治療を受ける患者さんは百人百様です。一人ひとりの体格・体力・性格が違い、年齢・職業・暮らしぶりも違います。病名が同じでも病気の成り立ちが古いか新しいか、軽いか重いかなどさまざまです。それらを見極めて薬が処方され、治療法が選択されます。鍼治療でも同じです。歯肉炎を例に説明します。

 歯茎が腫れて痛み、「食べられない」とか「眠れない」との訴えで来られる人がいます。私も40歳代から歯肉炎を何度も経験しています。歯痛の鍼治療は、痛む側の肩や頚、あごの下のリンパ系の反応を目標に鍼を行うのが手順です。適合刺激でうまく処置すると治療中に痛みが半減する場合や、すっかり鎮痛することもあります。しかし、炎症が激しかったり鍼が適切でなかったりすると効果がなく、かえって痛みが強くなることもあります。このように口内のトラブルでも治療の良し悪し、患者さんの体調の良し悪しによって有効に作用する場合や期待はずれの反応を招く場合もあります。治療直後の一時的な効果でも大変喜ばれますが持続させなければなりません。また、1、2日後に効果が現われるケースも少なくありません。

 半世紀の臨床を通して治療結果を患者さんと喜び合い、思わしくない結果に悩み、工夫し勉強もしてきました。一人ひとりの治療から、何かを学びとるように心掛けたいと思います。
 広い広い中国では、古くから地域により、時代によって、さまざまな治療が行われてきました。それらは今も工夫され改良されながら、世界中で活用され研究されています。今回は簡単に治療法について記してみます。

 その1は、体の内側から作用する薬物療法です。昔は草根木皮を煎じていましたが、今ではエキス製剤が出回り、漢方薬局だけでなく一般薬局でも取り扱っていて、病院や開業医も用いています。漢方薬は病名で処方するのではありません。病人の年齢・体質・病状、特に病気や症状の経過によって薬を選びます。例えば風邪の場合、桂枝湯は体質虚弱で発熱・悪寒・頭痛・身体痛があり、自然発汗があるものに用います。麻黄湯は身体強健で発熱・悪寒・関節痛・腰痛があり、自然発汗のないものに用います。葛根湯はそれらの中間体質で頚から背部が緊張し、頭痛・発熱・悪寒があって自然発汗がないものに用います。

 その2は、体の外側から刺激を与えるツボ療法です。鍼による機械的刺激、灸による熱刺激、あん摩や指圧による圧刺激です。私たちの体にはいろいろな病気や症状に対して治療的に有効なツボがあり、このツボに適当な刺激、例えばあん摩のような人の手による心地よい圧刺激、灸のような温熱刺激、鍼のような皮膚や内部組織への機械的刺激をうまく加えると症状が軽くなったり、病気が良くなっていくのです。

 その3は、薬膳などの食養法です。私たちの体は毎日の食事によって養われています。良い食べ物、言い換えれば、地産の旬の物を取ることです。そして食べ過ぎや偏食をしないように心掛けます。食養生は日々の慎みといいます。食養生こそ元気な体を作る病気予防の秘訣なのです。
 今回は漢方医たちが行っていた診察法について記してみます。体温計や血圧計はなく、体内を見るレントゲンやCTもありません。血液検査も行われません。漢方医たちは五感を通して病人を観察し、病状を見極めていました。私なりに分かりやすく説明します。

 東洋医学には4つの診察法があります。「その1」は望診で視覚的観察です。体つき・肌ツヤ・顔色・排泄物などを見て、治療の手掛かりにしました。「その2」は聞診で声や発語・咳や腹鳴を聴くだけでなく、体臭・口臭・糞尿臭なども嗅ぎ分けました。「その3」は問診で家族歴・既往歴・病人の苦悩などを聴き、より詳しい情報を聞き出すために漢方医たちは問いかけました。「その4」は切診で触察的観察です。これには脈診・腹診などの区別がありました。

 さて、今では鍼灸師も体温計や血圧計を使用して危険を避けるようになってきました。私には55年の臨床を通して病状を見極めるために心掛けてきたことがいくつかあります。目が見えない私は、患者さんや周りの人の話から「視覚情報」を得るように努めています。嗅覚や聴覚を働かせて、患者さんの観察と病状の見極めに役立てています。患者さんの苦悩や愁訴を注意深く聴きます。そして、触診して肌の表面だけでなく、皮下の状態も観察して治療方針を立てます。

 ところで、治療しながら患者さんと話をしていると「どこの先生も検査が好きで、パソコンの数値ばかり見ていて病人の顔を見ず、体に触れることもせず薬を出す」ということをよく耳にします。数年前から私も血圧が高いといわれ、2カ月に1度は通院しています。そこでは血圧を測り、胸と背中を聴診されますが、形ばかりのように思えてなりません。50年前にはり科学研究会の平方義信先生が「私たちドクターよりも、はり師の方が触診は上手です」と言われたことを思い出します。

「点字読む 指が捉える ツボどころ」
 東洋医学の原典は2千年も前に書かれたものです。ですから私たち現代人の常識から見れば、その理論はいたって素朴です。しかし、健康や病気についての考え方は今も十分に納得できるものなのです。分かりやすく記してみたいと思います。

 まず、病の原因を、持って生まれた素質と外的条件の外因および内的条件の内因の3点から考えます。素質に対して内外の条件がともに悪く働くと発病すると説明しています。また、「内因なければ外邪入らず」との原則を説いています。

 「素質」。これは陽性と陰性に分けられます。陽性体質の人は筋骨が充実して肌つやがあり、元気旺盛で活動的です。あまり病気はしませんが、もし、病にかかると症状は激しく現れます。それでいて回復は早いのです。陰性体質の人は筋骨軟弱で痩せています。太っていても肌つやがなく虚満です。動きは緩慢で消極的です。常に病気がちで治りにくく慢性になりやすいのです。

 「外因」。気候や土地柄など外的条件です。風・熱・湿・燥・寒を五邪気として挙げています。これらの邪気を受けると体の働きに異常が起こり、発病するといいます。季節的な寒暑や梅雨時の湿気、冷暖房の効きすぎなど、皆さんにも思い当たるところがあるはずです。

 「内因」。「霊肉一致」は東洋医学の特色であり、「病は気から」は真理です。気分が高ぶりすぎたり、沈みすぎたりすると体は内より侵され、外邪をたやすく受けると教えています。また、「思いは全てに先立つ」といい、過ぎたことをくよくよ悔やみ、物事にこだわり、先のことをあれこれ思い煩うことを戒めています。

 このほか、暴飲暴食・偏食・寝不足・過労・欲求不満などは内因にも外因にもなります。汚れた水や空気、食品添加物などが良くないことも知られています。

 こうしてみると、東洋では2千年も3千年もの昔から「精神・身体医学」を実践していたことが分かります。「気のわずらいは身を侵し、身のわずらいは気を失する」ことになるのです。
 私の読書は点字をなぞる指からの読書と、朗読テープやCDを利用する耳からの読書です。医学書などを学習する場合は点字で、エッセーや物語など軽い読み物はテープを利用していました。ところが年を取るにつれて聴力が衰え、理解力や判断力が鈍くなってくると耳からの読書では疲れが早く、理解できないままに先へ先へと進んでしまいます。そこで2年前から、速度は遅いけれど、指からの読書を中心にするようになったのです。

 寒がりの私の手は冷え性で点字を読み取ることができなくなるので、本を寝床に入れて腹の上で読みます。明かりがいらないのは便利ですが、寝転がって読むことに慣れてしまい、行儀よく座って読むことが大儀になってしまいます。2年目の秋になって、腹の上の読書は仰向けの姿勢から起き上がるのに、手の助けが必要なことに気付きました。これは腹筋や背筋が弱った証拠です。もともと運動が苦手で鍛える意欲もありません。そんな状態でこの5月にベッドから降り損ない、激しい腰痛を起こしました。2度の腰椎骨折を経験している私は「二度あることは三度ある」と気楽に考えていましたが、激痛のために寝起きや立ち座りがつらく、夜間のトイレは四つん這いになって行きました。整形外科でレントゲン検査を受けましたが、骨は壊れていないとのこと。消炎鎮痛剤と便秘薬をもらい2週間後の今も飲み続けています。

 昨年12月には「80歳、身の程を知る」と記しましたが、現在80歳6カ月。朝目覚めれば本を読んだり、ラジオを聴きながら自己鍼をしたり、6時になれば老人臭を拭う湯浴びをします。トイレから治療室、玄関そしてダイニングを掃除する。そんな生活ぶりを楽しんでいました。しかし、この生活サイクルも体には重荷だったようです。諸感覚は鈍り、内臓も弱り、全身の筋肉や関節も衰えてきたのです。形式的な暮らしでなく、年相応の暮らし方を心掛けることを思い知らされました。

「老いは平等素直に認め 弱る体に寄り添い生きる」
 少子高齢化対策が国でも地方自治体でも大きな課題になっています。このまま日本の少子高齢化が進めば、社会を支える役割を担う働き手の数は当然少なくなるといわれています。子どもは社会の希望であり、未来の力です。今回は子どもの神経症について書いてみます。

 子どもは大人をただ小さくしたものではありません。成長途中で体も心も未発達です。自然環境や社会環境、特に家庭環境の変化に影響されて体調を崩し、機嫌を損ないがちです。例えば外出や来客、家族の病気、引越しのほか、最も身近な母親に影響を受けやすいといわれています。

 私が治療所を開設した1960年代から70年代には、名もない治療所にも月に20から30人のかわいい患者さんたちがみえました。「寝つきが悪い」「寝覚めが不機嫌でむずかる」「夜泣き」「イライラして叫ぶ」「人にかみつく」「だだをこねる」など、かんむし症状といわれる子どもの神経症を多く取り扱いました。小児はりは、金属の針先やヘラのようなもので子どもの皮膚にリズミカルな接触刺激を与えるだけ。子どもは痛がりませんし、嫌がりません。まじないのような治療ですが、前述の諸症状が1、2回の処置で治まります。心配顔のママやパパが安堵し、喜んでもらえました。これは江戸時代から関西で盛んに行われてきた「子どものプライマリケア」なのです。

 微細な皮膚への刺激が子どもの不機嫌を治し、体調を整えることができるのは自律神経の働きによるものです。活動性の交感神経と休息性の副交感神経を調節して、気分を鎮め、体調を整えてくれるからです。子どもだけではなく成人にも効果を発揮します。年齢に関係なく、睡眠不足や運動不足、疲労の蓄積に対して全身の血行を促進して、すべての細胞に酸素と栄養を与えます。また、体内に出来た老廃物を集めてくれるのです。

 『子供は宝、社会の宝、氏より育ち国が育てよ』
 昭和34年8月、鍼灸専門学校生だった私は、東京都世田谷区の平方はり科学研究会の夏季講習会に参加して会員になりました。昭和36年に開業してからは同研究会近畿支部の定例会に出席して、理論と実技を学びました。この他、地元業界の各種研修会にも出席し、今も「学び心」を持ち続けています。

 昭和25年、15歳の私は見習いとして1年間、師匠宅に住み込み、按摩術をみっちり教わりました。その後、盲学校や専門学校でヨーロッパのマッサージやアメリカのカイロプラクティックなどを学び、それらを参考にして治療方法を組み立てて日常臨床を行ってきました。はり治療を中心にしながらも患者さんが安心し、くつろげるように、はりの前後に短時間の按摩術や、はりを好まない患者さんには按摩術だけの治療も行ってきました。さらに、カイロプラクティックをヒントに「関節揺らぎ法」を編み出し、治療の仕上げとして行っています。これらを行うのは「気持ち良いのが効く治療」だと確信しているからです。

 さて、昨年末に脳腫瘍の患者さんが手術を拒否して病院を抜け出し、数回の私のはりで頭痛が取れて元気になられましたが、その後、転居されたようで連絡がありませんでした。先日、大阪市内に引っ越して、今は腰痛で歩行もままならないのだが診てもらいたいとの電話がありました。私は脳腫瘍が原因で亡くなられたのではないかと思っていましたので、大変嬉しくお話しさせてもらいました。最近では、阪神淡路大震災以来、来院されていなかった患者さんから「まだ治療をされていますか?」という電話がありました。また「先生が治療できなくなったら、どなたかを紹介してくださいますか」という問い合わせも多いのですが、近畿地区のはり科学研究会のメンバーも高齢や病気で廃業者ばかり。「私が元気で長生きするしかないですね」と答えています。

 頼りにされることは大変ありがたいことです。かつての青年治療師も半世紀を過ぎて80歳。日々の謹みを心がけ、人様のお役に立ちたいと願うばかりです。
 昭和36年3月、私は専門学校卒業と同時に兵庫県尼崎市東園田町のアパートの一室で治療所を開業しました。畳のベッド2台と『赤ちゃんからお年寄りまで、はり・きゅう・マッサージ・小児むしばり』と書かれた看板はおじの手作り。ベッドは今も使用しています。

 専門学校の卒業式は、小児はりの研究で知られる藤井秀二博士が、はなむけの言葉として次のような訓示を板書されました。「一、人格の高低」「二、学識の深浅」「三、技術の巧拙」「四、経験の多少」「五、応接の良し悪し」「六、施設設備の清潔」「七、治療記録の作成と管理」。これらを臨床家の心得として私なりに理解し、今も先生の遺訓として受け止めています。

 私にとって日常の臨床現場は、貴重な知識を得て技術を磨く学習教室です。まず、一人ひとりの患者さんから生き方を学ぶことができます。そして患者さんが訴える症状や病気から、いろいろな情報とさまざまな治療方法を教わり、有効な治療のヒントを与えていただくことがたくさんあります。これからも泣く人と共に泣き、喜ぶ人と共に喜びたいと思います。

 臨床生活55年を振り返ると実にたくさんの人たちを思い出します。町の風景も大きく様変わりしました。開業当時にあった店が代替わりしたり閉店したり、旧家がマンションに建て替わったり、今も変化は続いています。そんな中で「開業当初からなんの変化もないのは先生のとこだけやで」という医療器具メーカーの社長にかけられた言葉を思い出します。

 開業以来、何度か腹痛や腰椎骨折を経験しましたが、臨床を休むことなく続けてきました。これからはこれまで以上に気と身の健康を気遣いながら、臨床生活を続けたいと念じています。そんなことから、かかりつけのドクター探しを思い付きました。そして、若いF先生を受診して私の意向を伝えました。気ままな患者ですが、よくよくお願いしておきました。F先生は高校生の頃に私のはり治療を受けに来ていた方です。時の移り変わりを素直に受け止めました。